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瞑想Ps105/A

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瞑想Ps105/A

  • この詩105篇のキー・ワードは8節、「主は、ご自分の契約をとこしえに覚えておられる。」ということだと私は思います。主がアブラハムと結んだ契約、約束、誓いは、永遠のものであり、決して反古にされることはないという驚くべき確信です。主の民がその歴史において経験した神の驚くべきみわざ、すべての「奇しいみわざを知らせよ」(1節)、「奇しいみわざに思いを潜めよ」(2節)、「奇しいみわざを思い起こせ」(5節)、との命令(あるいは呼びかけ)は、神のアブラハムに対してなされた契約のゆえになされたものだからです。あくまでも神がアブラハムと結んだ契約、それが中心となって、神の奇しいみわざによる歴史が展開しているのです。その契約はイサク、ヤコブへと受け継がれ、それがヤコブから生まれ出た12人の子どもたちの輩、つまりイスラエルの民へと受け継がれていきます。神のストーリーは、まことに小さなところから、わずかな人数からはじまったのです。
  • この詩105篇の構造は、「アブラハムと結んだ契約を神は忘れることなく覚えておられた」ということを内容とする二つの節(8節と42節)にはさまれたサンドイッチのように、16節~41節に記されています。そこにはイスラエルの民が出エジプト経験する準備として、

    ①予め、ヨセフがエジプトに奴隷として売られたことー主がヨセフを彼らに 先駆けて送ったと解釈されているー
    ②ヨセフがエジプトの王の信頼された支配者となったこと 
    ③ヨセフの兄弟たちがエジプトに寄留し、その数が大いに増えたこと 
    ④エジプトで苦しむ選びの民を救うために、モーセとアロンを遣わしたこと
    ⑤不思議みわざで、民をエジプトから救い出したこと
    ⑥荒野での生活において、彼らの必要を神が満たされたこと
    ⑦相続地であるカナンを神が与えたこと 「わたしはあなたがたの相続地として、あなたにカナンの地を与える」(11節)との約束は、アブラハムに対してなされた約束であった。

  • この詩篇の作者は、神の歴史(ストーリー)をふり返っています。「温故知新」ー古きを尋ねて新しきことを知るーということばがあるように、一般的に、私たちが歴史をふり返る時というのは、まさに歴史的に危機的な時です。つまり、これから自分たちが新しい将来に向かってどのように進むべきか、その方向や指針を見つけ出さなければならない時に、歴史が見直されるのです。この詩篇でも、それがあることを知ることが出来ます。それは最後の節にあります。「これは、彼らが主のおきてを守り、そのみおしえを守るためである。ハレルヤ。」(45節) 
  • おそらくこの作者が直面していた歴史的危機とは、イスラエルの国がバビロン捕囚から帰還してからのことです。なぜなら、捕囚から帰還して神の民として回復された時に、自分たちはどこに立つべきか、何を拠り所にすべきか、そのことを確認する必要があったからだと思います。自分たちが主のおきてを守り、そのみおしえを守る。しかもそれが自発的、自意的なこととして守るために、神の歴史を見直すことが求められたのだと思います。
     
  • この詩篇に述べられている歴史は事実のすべてではなく、事実のある側面を取り上げて記述されています。つまり歴史を解釈しているのです。事実の中からどの面を選択するかで、歴史は作られていきます。そのことによって、自分たちの将来の方向が定められると言ってもよいかもしれません。詩105篇では、歴史を貫く神の真実―約束を決して破らないという真実ーが強調されているように思います。その焦点は、主がイスラエルになにをされてきたかを歴史化しているのです。つまり、アブラハムからはじまるご自身の民に対する約束の真実とその実現を記述しているのです。
  • 私たちひとりひとりの「マイ・ストーリー」にも、歴史を貫いている神の真実の見直しの告白が必要なのではないかと思います。

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