****** キリスト教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

瞑想Ps118/A

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瞑想Ps118/A

  • 詩113~118篇は一つのまとまった賛美集です。この賛美集は、ユダヤ人たちの三大祭り、すなわち、「過越の祭り」「五旬節の祭り」「仮庵の祭り」において歌われます。そうした大切な集会で歌われる賛美だとするならば、そこに何かまとまった、大切な真理が含まれ、あるいは隠されていると考えるのは当然のことです。詩篇の中には16篇ほど「メシア詩篇」と言われるものがあります。その中で、特に詩118篇は「メシア詩篇」全体の教えを要約していますし、またそこには、神の選びの民であるユダヤ人が長い間にわたって経験してきた迫害による排斥とその苦しみの歴史が概観され、メシアが来て神の王国を打ち立てるということで終わっています。
  • 詩118篇10節には、「すべての国々が私を取り囲んだ」とあります。「取り囲む」ということが四回出てきます。「彼らは蜂のように、私を取り囲んだ」。ここでの「すべての国々」とは、イスラエル、ユダヤ人に敵対する勢力、すなわち「異邦人」を意味します。全世界の民がイスラエルに結集し、ユダヤ人を抹殺しようとするのです。
  • イスラエルの歴史は苦難の歴史です。それは長く、そして悲惨そのものでした。創世記3章で出てくる「女の子孫」(神の選びの民)と「蛇の子孫」(神に敵対する勢力)の反目は、歴史の終わりまで続くのです。反ユダヤ主義も同様です。 
  • 出エジプトのパロやアマレク、バビロンのネブカデネザル、ハマン、ヘロデ、ローマの皇帝カエザル、近年ではドイツのヒットラー、ロシアのスターリン、などこれらはすべてユダヤ人を抹殺しようとサタンに用いられた人物です。
  • A.D.70年、エルサレムの神殿がローマ軍によって崩壊、100万人の人が殺されました。40万人のユダヤ人が離散しました。マサダの戦い・・千人近くユダヤ人が自然の要塞、マサダに立てこもります。しかし、最後に自害します。A.D.135年、この年はユダヤ民族としての国家が完全に崩壊した年です。それ以来、彼らは放浪の民として、1948年にイスラエルが建国されるまで、実に、1800年間も、いろいろな国の中で生き続けることを余儀なくされたのです。それは苦しみの歴史でした。
  • キリスト教の歴史における反ユダヤ主義は、キリスト教がローマの国教となってからいよいよひどくなりました。すべてのユダヤ人の財産は剥奪され、公職からは追放され、いやしい仕事にしかつけないようにされました。中世においての十字軍の遠征によるユダヤ人の虐殺、その後の宗教裁判による火あぶりによる虐殺と続きます。ユダヤ人はキリスト教国の中で、「隠れユダヤ人」として生きることを余儀なくされたものたちが多くいます。しかしそれが発覚したならば、拷問を受け、火あぶりによって殺されました。たとえ、あとで改宗したとしても、そのあわれみは生きたままでなく、死んでから火あぶりにされるだけのことでした。殺されることには変わりありませんでした。
  • そしてユダヤ人の苦難は、歴史の終末において、これまでの歴史の中にもなかったほどの大患難時代を迎えることが預言されています。その苦しみの最終的な出来事は、反キリストによって結集された軍隊による「ハルマゲドンの戦い」です。これはすべての民がユダヤ人抹殺のために結集するのです。しかし、その時において、彼らははじめて民族的な救いを経験します。
  • 詩118篇には特徴的なことばがあります。それは「主の御名を呼び求める」ということばです。イエスを拒んだユダヤ人に対して、イエスはこういいます。 
    「見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される。あなたがたに告げます。『祝福あれ。主の御名によって来られる方に。』とあなたがたが言うときまで、あなたがたは今後決してわたしを見ることはありません。」(マタイ23:38)
    (ヘブル語では「祝福あれ、主の御名によって来られる方に」を「バールッフ、ハバー、ベ・シェーム、アドナイ」と言います。)
  • 116篇の3節「死の綱」「よみの恐怖」の中で「主の御名を呼び求める」のです。118篇10節では、「確かに私は主の御名によって、彼らを断ち切ろう」(3度)と述べています。どのように彼らを断ち切ることができるのか。それは「主の右の手」によってです。
  • 詩118篇19~29節には、とても重要な聖句が並んでいます。

①すべての国々が私を取り囲んだ。確かに、私は主の御名によって、彼らを断ち切ろう。(10節)
②エルサレムの神殿の「開かれた義の門」 (詩篇24篇も参照) (19-20節)
③「拒まれた石」が礎石とされること (22, 23節)
④「主の設けられた日」 (24節) ー贖罪の日ー
⑤「ホサナ・主の御名によって来られる人に、祝福があるように」との悔い改めの祈り (25, 26節)
⑥ユダヤ人の民族的回心 (27節)

  • ③と④はすでにイエス・キリストの初臨によって実現しましたが、①②⑤⑥はイエス・キリストの再臨によって実現する千年王国を待たなければなりません。詩116~118篇には、やがて実現する千年王国のヴィジョンが歌われています。そしてそれは必ず近い将来実現します。

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