****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

瞑想Ps125/A

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瞑想Ps125/A

  • 主に信頼する者が、揺るぐことのない不動の山シオンにたとえられています。その揺るぎなさは、主が「取り囲んで」いて下さるからです。しかも、「今よりとこしえまでも」(2節)です。
  • 主に「取り囲まれる」ということは、敵の手が届かないように完全に主によって防御されているという意味です。そうした防衛の保障の中に取り囲まれることによって、私たちははじめて大切な一つのことに集中(専心)できる者とされます。
  • 使徒パウロは、「キリストの愛が私たちを取り囲んでいる」と言いました。コリント第二、5章14節参照。左右、前後、上下のすべての領域において、キリストの愛に取り囲まれていることを堅く信じている者に対して、敵はどんなことをしてもその者を倒すことはできません。神の完璧なセキュリティによって守られているからです。そうした神との信頼の絆が確かにされることによって、いろいろな環境においても動かされない祝福をいただくことができます。それこそ、神が与えようとしているシャロームです。
  • この詩篇の最後に、「イスラエルの上に平和があるように」との祈りがあります。この祈りは、神が「とこしえまでも、取り囲んで」くださっていることを、神の民が自覚的に確信することを通して実現すると信じます。

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