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瞑想Ps35/A

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瞑想Ps35/A

  • 比較的長い詩篇ですが、ダビデが経験した思いや感情が赤裸々に記されています。歴史書は人の心の内側、感情的なものはできるだけカットされて、出来事のその原因や結果が淡々と記されています。ところが、詩篇を通してはじめて人の心の内に何が起こっているかが分かります。詩35篇には人間の心の中に起っている葛藤や悩みや怒りの感情の激しさがもろに見えます。心が重くなるような表現の多さについて行けないところもあります。
  • この詩篇はダビデがサウルに追われるという逃亡生活を知っていると、よく理解できるように思います。特に、ダビデに対する苦難の訓練(王になる前の10余年の荒野放浪生活の経験)について知っておくことは、詩篇を理解する上で大切です。ダビデの経験は神を信頼するということがどういうことかを、私たちに教える普遍的な内容を持っているからです。
  • 私は、この詩篇のキーワードを「ゆえもなく」(7節、19節)ということばとしたいと思います。「ゆえもなく」とは、この詩篇の場合、「根も葉もないうわさをたてられるということ」です。11節を見ると「暴虐な証人どもが立ち、私の知らないことを私に問う」という言い方をしています。 「ゆえもなく」、ひそかに網を張り、自分を陥れようとする者、自分を憎む人々が存在します。根も葉もないうわさのゆえに、敵と見なされてしまう状況に対してダビデは神の助けを求め、自分を弁護してもらうことを神に嘆願しています。
  • ダビデはサウルに妬まれ、身の危険を感じて逃亡を図りました。とりわけ、サムエル第一、21章以降は必見です。

    ①最初に逃れた先は祭司アヒメレクのところでした。身をかくまってもらうためにダビデは一芝居打ちます。そしてパンと剣を手にしました。サウル側の忠臣ドエグがそれをたまたま見ていました。あとで、彼はサウル王に、あたかもダビデと祭司アヒメレクがぐるになって謀反を起そうとしているように思わせました。そのためにサウル王はアヒメレクの一族を皆殺しにしました(ひとりは助かりましたが)。

    ②ダビデが隠れていたジフの地に住む人々がサウル王のところにやってきて、ダビデが隠れているところを教えました。サウルはただちに精鋭三千人を引き連れてダビデを追いました。ところが、そこに敵ペリシテ軍が攻めてきたという情報がはいったため、サウルはダビデを追うことを中断しました。サウロがペリシテ軍打ち破って帰ってくると再び、ダビデを追跡しました。ダビデたちが隠れていたほら穴にサウルが用を足す為に穴の中に入ってきたとき、ダビデは彼の上着のすそを切り取って、自分が決してサウル王に対して謀反がないことを証しました。サウル王を殺す絶好の機会であったにもかかわらずです。このとき、サウルは「あなたは私より正しい。あなたは私に良くしてくれたのに、私はあなたに悪いしうちをした」と言って、自分の過ちを認めました。そしてダビデがやがて王となったときには、自分の子孫を根絶やしにしないようにと願いました。ダビデはこの願いを受け取め、サウルに誓いました。ところが・・・です。二度も同じことが起こりました。

  • この詩篇の「ゆえもなく」という第二の意味は、「善に変えて悪で報いられること」です。これは全く理不尽で不当な仕打ちであり、こうしたことを経験した者はだれでも大きな失望と悲しみを経験します。ダビデは第二のチャンス(自分を追うサウルを殺すチャンス)においても、サウルを神にゆだねました。
  • こうした「ゆえもない」苦しみの経験は、やがて、ダビデが神の代理者としての王となって、どこまでも神を信頼していくためには必要な訓練でした。ダビデは17節で、「わが主よ。いつまでながめておられるのですか」と祈っていますが、もし「10年ほどです」と答えられたとしたら、ダビデは耐えられなかったかもしれません。神の沈黙は時には、私たちの救いともなります。知らないことが私たちにとって良いことなのです。
  • 神の最善に身をゆだねることを学ぶには、時間がかかります。また苦しみを経験します。これは神のしもべの必修科目であり、取り除くことはできません。ダビデはこの「ゆえもない」苦しみの中で、繰り返して「賛美の誓い」を立てています。それが9節、18節、そして28節です。

    ①「私のたましいは、主にあって喜び、御救いの中にあって楽しむことでしょう。」(9節)
    I will be glad, I will be happy

    ②「私は大きな会衆の中で、あなたに感謝し、強い人々の間で、あなたを賛美します。」
    (18節)
    I will thank you, I will praise

    ③「私の舌はあなたの義とあなたの誉れを、日夜、口ずさむことでしょう。」(28節)
    I will proclaim, I will praise all day long

  • この「賛美の誓い」(and I will~)はとても重要です。ダビデがサウル王からの逃亡生活から解放されて王となったとき、最初にしたのが契約の箱をシオンの丘に運び上げて、そこで「ダビデの幕屋」という全く新しい礼拝を行ないました。その改革された礼拝とは賛美を伴う礼拝でした。ダビデは生涯かけて、そのヴィジョンのために生きた人でした。それは、苦しみの中で神に対して約束した誓いのゆえです。ダビデは賛美が好きだったから賛美したのではありません。賛美の誓いをしたので賛美をささげたのです。決して「ゆえもなく」賛美したのではありませんでした。

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