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瞑想Ps45/A

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瞑想Ps45/A

  • 詩篇の中には「王の詩篇」と呼ばれるものがいくつかあります。たとえば、第2篇、18篇、20篇、21篇、45篇、72篇、89篇、110篇などがそうです。そこには、神が王を即位させたこと、その神をたたえる歌、王のためのとりなしの祈りが記されています。詩45篇は王自身をたたえている珍しい詩篇です。ここでの王は「神」とさえ呼ばれている(7節)ほどです。
  • バビロン捕囚以降、イスラエルにおいて王制はなくなりました。それまでの王は神の代理者として立てられたにもかかわらず、その任に失敗したからです。かつてイスラエルの民たちは「どうしても、私たちの上には王がいなくてはなりません。私たちにも、ほかのすべての国民のようになり。私たちの王が私たちをさばき、王が私たちの先に立って出陣し、私たちの戦いを戦ってくれるでしょう。」と神に願いました(サムエル第一、8章19~20節) この願いによってイスラエルに人間の王が立てられることになりましたが、それはあくまでの神の代理者としての王です。ここが他の国の王制とは異なる点でした。
  • しかし、神の代理者としてふさわしい王はわずかしかいませんでした。多くがこの世と変わらない専制的な王となっていき、神をないがしろにしました。そのために神はその国を滅ぼし、バビロン捕囚によってリセットしようとしたのです。へたに人間の王を立てない方が良い、神こそわれらの王でいくと考えるようになりました。しかし、異国による支配が長引くにつれ、ダビデの時代のような、神から油注がれた王なるメシアの到来の期待が民衆の間に次第に高まっていったのです。
  • ところで、この詩45篇の「あなた」という名称がだれのことを言っているのかは明らかではありませんが、新約聖書のヘブル書では、「あなた」とは御子イエスのことを指していると解釈しています。ヘブル書の記者は詩篇の6節~7節を引用しています。その光をもってこの詩篇を読むなら、王なるイエスの麗しさ、優しさを讃えている預言的な歌といえます。
  • 賛美の内容を見てみましょう。2節には「あなたは人の子らにまさって麗しい。あなたのくちびるからは優しさが流れ出る。神がとこしえにあなたを祝福しておられるからだ。」とあります。(ここでいう「神」とは御父のことだと理解できます) 6節では、「あなたの王国は世々限りなく、あなたの王国の杖は公正の杖、あなたは義を愛し、悪を憎んだ。それゆえ、神よ。あなたの神は喜びの油を、あなたのともがらにまして、あなたに注がれた。」と王の威光と権威を讃えています。
  • この王こそ私たちの花婿です。この王なる花婿のすばらしさを讃えるだけでなく、やがて私たちを花嫁として迎え入れるために再び迎えに来てくださる方です。その方を「あなたの夫として迎えよ」と訴えています。「娘よ。聞け。耳を傾けよ。あなたの民とあなたの父の家とを忘れよ。そうすれば王は、あなたの美を慕おう。彼はあなたの夫であるから、彼の前にひれ伏せ。」(10、11節)。ここでは肉親の愛にも勝る花婿に対する愛が求められています。
  • それゆえ私は祈ります。
    「わが花婿なるキリスト、あなたをお慕いいたします。その麗しさに心が奪われるようにしてください。あなたこそわが永遠の夫であり、とこしえにあなたにお従いいたします。」

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