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瞑想Ps50/B

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瞑想Ps50/B

  • 詩篇50篇は、神が神ご自身の民をさばくために、地を呼び寄せ、すべてがその証人として集められています。この法廷において神の告発がなされようとしています。それは神からの厳粛な警告であり、要求です。
    (1) 感謝のいけにえを神にささげるべきこと
    (2) あなたの誓いを果たすべきこと
    (3) 苦難の日には神を呼び求めるべきこと
  • これらの三つの告発(要求)は、形式的な礼拝に対する告発と言えます。「わたしは、これまでおまえのしてきたことを黙っていたが、今、わたしは。おまえを責める(並べ立てる)」と。
    「よくわきまえよ」とかなり厳しい告発です。
  • この告発の根拠は、「わたしは神、あなたの神である」からです。神は私を救い、私は神をあがめるというリアリィティに満ちた関係を築きたいという神の熱心さゆえの告発であり、訴えです。もし、そうしたかかわりを築くならば、神はどんな中にあっても「わたしはあなたを助け出そう」と約束しておられます。
  • 使徒パウロもコリント人への手紙第一の中で、このことを「神の知恵」として語っています。1章18節以降から拾って見みると、「神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。・・これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。・・・事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵なのです。」(27、29、21節)とあります。さらに、同じ手紙の12章に至っては、「それどころか、からだの比較的に弱いと見られる器官がかえってなくてはならないものなのです。」(22節)とあります。なぜなら、それは、からだ全体が分裂することなく、調和
    するためであり、各部分が互いにいたわり合うためであると説明されています。
  • 神が召し集められた教会(エクレシア)においては、一人一人が実に不思議な役割を担いながら存在しているのです。それゆえ、神に召し出された者たちは、この世において、キリストのからだを建て上げることが使命として与えられていることを心に深く銘記したいと思います。

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