****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

瞑想Ps53/A

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瞑想Ps53/A

  • この詩篇はほとんど詩14篇と同じです。4節で「彼らは(バビロン)パンを食らうように、わたしの民(イスラエル)を食らい」とあることから、イスラエルの民がバビロンで捕囚となっていたときに作られたものだと思います。なぜイスラエルの民がバビロンの捕囚の身となったのか。それは、神がご自身の民をもう一度新しく再建するためでした。神に対する新しい心をもって神を礼拝する民として造るためでした。6節で「ああ、イスラエルの救いが、シオンから来るように。神がとりこになった御民を返されるとき、ヤコブは楽しめ、イスラエルは喜べ。」とあるように、パンを食うように人を食い尽くしているという現実の中で、神の助けを期待し、捕囚の身となった神の民がもう一度、回復するその時を待ち望んでいる姿が映ります(7節)。
  • このイスラエルの民の待ち望みは、ペルシャの王クロスによって歴史的事実として回復されます。彼らは再びイスラエルに帰還し、神を礼拝する民として回復されたのです。このとき、彼らはユダヤ人と呼ばれるようになります。
  • しかし、歴史は繰り返されます。彼らの民族的、精神的基盤となっていたエルサレムの神殿は西暦70年にローマによって破壊され、ユダヤ人は全世界に離散させられます。しかも「ユダヤ人はキリストを殺したために、神からのろわれる存在となった。」「神はユダヤ人を捨てられ、代わりに教会をその選びの中に入れられた。」という神学が教会で教えられるようになりました。こうした土壌の中で、反ユダヤ主義が形成されていったのです。ユダヤ人とキリスト教徒の溝は、379年の「キリスト教のローマ国教化」によって決定的に深まっていきました。以降、ヨーロッパを中心とするキリスト教国によって、ユダヤ人迫害が深刻化していったのです。特に、近年におけるナチス・ドイツにおけるホロコースト(ユダヤ人絶滅政策)が始まり、約6百万人がユダヤ人であるというだけで虐殺されたのです。
  • ユダヤ人はこのような民族滅亡にかかわる迫害を何度も(西暦70年以降実に11回も)くぐり抜け、生き延びてきました。そしていつの日か、約束の地シオン(エルサレム)に帰還することを毎年の過越の祭りごとに覚えて祈るようになったのです。そして、1948年、彼らの悲願はかなえられ、世界はイスラエルの建国の奇蹟を目の当たりにするようになりました。まさに、「イスラエルの救いが、シオンから来」たのです。しかしまだユダヤ人の多くは、本当のメシア(キリスト)に出会っていません。
  • イエス・キリストは、再臨する直前まで、エルサレムは異邦人の国々にわたされていると教えられました。と同時に、聖書は、エルサレムでの主の礼拝が回復される日が来るとも約束しておられます(アモス9章11~12節、使徒の働き15章16~17節)。最初の教会となった「エルサレム会議」の議長ヤコブは、なんとアモス書を通して、エルサレムの神殿が破壊され、将来再建されて、神の民と異邦人が共に神を礼拝する日が来ることを予見していました。しかしそれが実現する前に、つまりユダヤ人が民族的な救いを経験する前に大患難の時代が来るとイエスは預言されました。なぜなら、主の敵はなんとしても主の計画を阻止しようしてくるからです。しかし主は、その患難時代で苦難にあう神の民ユダヤ人のところに帰ってきます。それがキリストの再臨です。そのとき「荒野と砂漠は楽しみ、荒地は喜び、サフランのように花を咲かせる」(イザヤ35章1節)という預言が回復するのです。
     
  • 「ああ、イスラエルの救いが、シオンから来るように。神がとりこになった御民を返されるとき、ヤコブは楽しめ、イスラエルは喜べ。」(詩53篇6節) は、まさに今日においても預言的なみことばです。神の民に対する励ましの言葉です。そう思うと、「ああ、主イエスよ。来てください。」と祈らざるを得ません。

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