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瞑想Ps67/A

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瞑想Ps67/A

  • 「どうか、神が私たちをあわれみ、祝福し、御顔を私たちの上に照り輝かせてくださるように。」(1節) これがこの詩篇のキー・ワードです。6節にも、そして7節にも「祝福してください」ということばが出てきます。人称は「私たち」(複数)となっていますが、「私」単数)に置き換えることもできます。
  • この1節を一言で言うなら、「私を祝福してください」という祈りです。何のために、それは神の祝福が多くの人々に分かち与えられるためです。この祈りの背景には、自分(たち)が神の祝福の種として、あるいは祝福の基として神に選ばれているという明確な自覚があります。「すべてのことが神から始まり、神によって、神へと至る」のですが、その担い手としての自覚と責任をもって神の祝福を願い求めているのです。
  • この詩67篇は有名な「ヤベツの祈り」(Ⅰ歴代誌4章9~10節)の詩篇版と言えます。「ヤベツの祈り」とは、以下の祈りです。「ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。『私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことがないようにしてくださいますように。』」
  • 聖書の中で最初に祝福されたのはアブラハムでした。神は彼に対して「わたしはあなたを祝福する」と約束されました。それだけでなく、人々が「あなたによって祝福される」(創世記12章3節)とも語られました。神の祝福は単なる個人でとどまることなく、よりグローバルに拡大し、流れていくものです。一人の者が受けた祝福は他の人々にそれが分かち与えられ、巡り巡って何倍にもなって最初の所に帰ってきます。帰ってきた祝福は、さらに勢いを増して流れ出します。これが祝福のダイナミズム、祝福の循環といわれるものです。
  • これは私たちに大いなるチャレンジを与えます。目を見張るような神の救いのみわざを見るために、「どうが、私を祝福してください」と大胆に祈りましょう。まず、私が祝福されなければなりません。私たちの神は祝福の神ですが、それを私たちが大胆に祈り求めることを神は願っておられるのです。なぜなら、「あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだから」(ペテロ第一3章9節)です。
  • ところで「ヤベツの祈り」はどうなったでしょう。「・・・そこで神は願ったことをかなえられた」のでした。 この詩67篇にある祝福の目的が記されています。
  • ①神の救いがすべての国々の間に知られるため (2節)
  • ②国々の民がこぞって神をほめたたえるようになるため (2節)
  • ③地の果てが神を恐れるようになるため (7節)

(祈り)
「主よ。私をあわれみ、私を祝福してください。私の地境を広げてください。それはあなたの祝福を人々に分かち与えるためです。」

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