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瞑想Ps83/A

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瞑想Ps83/A

  • 詩83篇の1節「神よ。沈黙を続けないでください。黙っていないでください。神よ。じっとしていないでください。」
  • これはあらゆる歴史を貫いて、ユダヤ民族全体の根絶という反ユダヤ主義の勢力に悩まされたユダヤ人の苦悩の祈りと言えます。4節に「彼らは言っています。『さあ、彼らの国を消し去って、イスラエルの名がもはや覚えられないようにしよう。』」とあるとおりです。彼らは心一つにして、神に敵対し、契約を結び、「神の牧場をわれわれのものにしよう」(12節)と言っていると神に訴えています。
  • この詩篇にはさまざまな国が登場します。現代の国と比較してみると次のようになります。
    • エドム、モアブ、アモン、・・・・ ヨルダン
    • イシュマエル・・・・・・・・・・サウジアラビア
    • ハガル・・・・・・・・・・・・・エジプト
    • ゲバル・・・・・・・・・・・・・イラク
    • ペリシテ・・・・・・・・・・・・バレスチナ
    • アッシリア・・・・・・・・・・・シリヤ、イラン
    • ツロ・・・・・・・・・・・・・・レバノン
  • まさにイスラエルを乗り囲む今日のアラブの勢力さながらです。神がパレスチナの地をイスラエルに与えたためにその地は、昔も今も椅子取りゲームのような様相を呈しています。
  • 作者はそのような勢力に対して、神がかつてシセラとヤビンの戦車をキション川の氾濫で使い物にならないようにされたようにしてくださいと祈っています。しかし同時に、この作者はイスラエルの敵に対して、16、18節に以下のような祈りをしています。
    「主よ。彼らがあなたの御名を慕い求めるようにしてください。」(16節)
    「こうして彼らが知りますように。その名、主であるあなただけが、全地の上にいますいと高き方であることを。」(18節)
  • 16, 18節に見られることばだけに注目するならば、一見、それまでの祈りに、ある変化が起ったように見えます。これをどのように理解すべきかこの詩篇の理解の鍵になるように思います。
  • もしこの祈りを敵に対する祝福の祈りのようにみなすとき、この祈りはイエスの十字架での最初の祈り、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23章34節)を想起させます。「自分の敵を憎む」ことしかできない私たちに対して、イエスは「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」と言われた祈りが想起されます。
  • しかし、祈りに変化が起こったと見る見方には疑問が残ります。というのは、神が敵の顔を恥で満たされるならば、神に敵対している者たちはきっと神を慕い求めるようになるに違いないという人間の希望的観測が感じられるからです。さらなる理由のひとつに、17節では敵の滅びを祈っているという点があります。
  • 今日においても、神の不思議、奇蹟的ないやしが神に敵対する者に施されるならば、きっとその者は神を信じて、神を慕うようになるはずだという希望的観測、そうした観測に対して、神は完全に沈黙しています。この神の沈黙こそ、この詩篇の要点のような気がします。神の統治は雲に包まれていて神秘です。神の沈黙がなにを意味としているか、それがこの詩篇を瞑想する鍵のような気がします。

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