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詩1篇  「口ずさむ」 הָגָה ハーガー

〔カテゴリー瞑想〕

2節「まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。」

Keyword;「口ずさむ」「思い巡らす」 1:2/35:28/63:6/77:12/143:5/ meditate,

  • 「口ずさむ」(あるいは「思い巡らす」新改訳/新共同訳/岩波訳)、「思う」(口語訳)、meditate と訳されている「ハーガー」(הָגָה)は、旧約で25回、詩篇では10回使われています。その意味は、「うめく」「つぶやく」「声を出す」「ささやく」「親しく語る」「考える」「思う」です。旧約の詩人にとって、神とそのみことば、あるいは御業は口を用いて言い表すことに直結されていたようです。口語訳では「思う」と訳されていた「ハーガー」(הָגָה)を、新改訳、新共同訳で「口ずさむ」と訳しているのは原意に近づけたものと思われます。ちなみに、バルバロ訳では「瞑想し」、典礼訳では「心に留める」と訳されています。
  • 「主の教えを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ」者こそ幸いなことだとするこの詩篇の第1篇は、詩篇全体を読み解く大切な鍵とも言える詩篇だと言えます。というのも、詩篇はもともと神の御前での瞑想によって生まれたものであり、それが書き記され編纂された目的は神の民が瞑想に用いることができるためでした。それゆえ、詩篇は今日に至るまで瞑想の祈りの源泉となっています。
  • イスラエルの歴史において、神の民が「昼も夜もそのおしえを口ずさむ」ようになったのはバビロン捕囚の経験を通してです。この辛い悲しむべき経験を通して、神の民ははじめて神を深く思い巡らし、神を知るようになったようです。その結晶は、神と親しくかかわる者にとって、いついかなる時代においても、共感し得るものとなっています。
  • 「口ずさむ」「思い巡らす」と訳された「ハーガー」(הָגָה)は、祈りにおける「瞑想」の用語です(瞑想の他に、黙想、観想という祈りもあります)。瞑想とは、神を全人格的に愛し、神が私たちに望まれる生き方をするために、いわば、神のことばを知性によって熟考することを意味します。瞑想の祈りとは神のことばを手掛かりとした神とのコミュニケーションです。それゆえ、瞑想は思考を停止することではなく、むしろ心の目を開いて神の心を知ること、神のわざを見ること、しかも個別に見て数えること、それをよく考えること、その上で思ったことを語り出すこと、歌い出すこと、そのすべてを含んでいます。
  • ヘブル語の瞑想用語である「ハーガー」(הָגָה)の類義語としては以下のものがあります。

    「ザーハル」(זָכַר)
    「思い出す」「思い起こす」「思い続ける」、remember あのときこのときの恵みを一つ一つ思い起こしてその重みを確かめる77:3, 5/106:7/109:16
    「ハーシャヴ」(חָשַׁב)
    「思い返す」「思う」原意は「計算する」ことです。それによって神への信頼は増し加えられるのです。77:5/119:59
    「スィーアッハ」(שִׂיחַ)
    「思いを潜める」「(自分の心と)語り合う」「静かに考える」「思い巡らす」「深く思う」。 77:3/119:15,23/145:5/143:5

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