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礼拝用語Ps39

詩39篇「沈黙を守る、黙する」אָלַם アーラム

〔カテゴリー祈り〕

2節「私はひたすら沈黙を守った。」 I became dumb
9節「私は黙し、口を開きません。あなたがそうなさったからです。」I was dumb

Keyword; 「沈黙する」「黙する」 silenct, be silenced 31:18/39:2, 9

  • 詩39篇2, 9節には、神、あるいは人の前で沈黙すること、黙すること、口をつぐんで物言わないという動詞アーラム(אָלַם) が使われています。旧約では8回、詩篇では3回使われています。
  • 英語のalarm(アラーム)は驚かせて目覚めさせることばですが、ヘブル語のアーラム(אָלַם)は、静かに沈黙することです。「沈黙は金、雄弁は銀」という格言がありますが、それは沈黙の方が雄弁よりも「説得力」があるという意味です。しかし、ここではそうした意味では使われてはいません。
  • 詩39篇の作者は、自分が舌で罪を犯さないように、口に口輪をはめようと決心しました。つまり、不平不満、つぶやき、思い煩い、神への不信を口から出さないようにと決心したのです。特に、神に逆らう者たちの前では、恰好の非難の種を与えないためにそうしました。しかし、作者はその沈黙に耐えることができなかったようです。作者をして沈黙に耐えさせなかったものはいったい何なのか、それがこの詩篇のテーマです。それは一言でいうならば「虚無感」です。それを表わす「はかない」(4節)「むなしい、むなしく」(5, 6, 11節)という言葉が目につきます。
  • 自分の存在が束の間の存在、無に等しい存在、自分のしてきたことが空しく感じられる時、人は虚無というブラックホールに引き込まれます。神を信頼している者であっても例外ではありません。神を信頼しながらも襲ってくる虚無感、焦燥感の中に不安と怒りの感情が現われることがあります。心と頭が同時進行できない現実感が、空しさにさらなる拍車をかけます。そうした中にある告白―「主よ、今、私は何を待ち望みましょう。私の望み、それはあなたです。」―深い虚無感との戦いの中で告白されたこのことばは数段の重みがあります。
  • 人生における虚無を経験しながらも、より深められていく神への信頼の旅―それが「私はあなたとともにいる旅人、寄留の者」(12節)という告白です。
  • 類義語としては、ハーシャー(חָשָׁה)「よいことにさえ、黙っていた」(39:2)で使われています。穏やかになる、黙る、黙す、声を出さない、じっとしている、沈黙を守る、といった意味があります。もうひとつ(詩篇には使われていませんが)、ハーサー(הָסַה)があります。「声を出さない、静まる、沈黙する、無言、泣くことをやめる」という意味です。ハバクク2:4 、ゼパニヤ1:7参照。


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