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礼拝用語Ps51

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詩51篇「高らかに歌う」רָנַן ラーナン 「誉れを告げる」נָגַד ナーガド

〔カテゴリー賛美・感謝〕

14節「そうすれば、私の舌は、あなたの義を、高らかに歌う(רָנַן)でしょう。」
15節「そうすれば、私の口は、あなたの誉れを告げる(נָגַד)でしょう。」

Keyword; 「高らかに歌う、喜び歌う」 sing, praise, acclaim, exult,  
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  • 詩51篇の14, 15節は嘆願と結びついた「賛美の誓い」のことばです。その特徴は「~してください。そうすれば、~します(I will)。」という構文です。この「賛美の誓い」は詩篇の中で多く見られます。ちなみに、詩51篇の14節、15節では、「神よ。救いの神よ。血の罪から私を救い出してください。そうすれば、私の舌は、あなたの義を、高らかに歌うでしょう。」(14節) 、「主よ。わたしのくちびるを開いてください。そうすれば、私の口は、あなたの誉れを告げるでしょう。」(15節)
  • ダビデは自分の罪が赦されるならば、声高らかに主の義(救い)を歌いますと誓っています。ダビデの賛美は彼が歌うことが好きだったから、賛美しているのではありません。賛美の誓い(決意)をしたゆえに、どんなときにも主を賛美する者となったのです。この点が重要です。歌の好きな人は多くいます。しかし、ダビデのように自分の生き方と関係した歌―つまり、自分の歌がそのまま自分の生き方とかかわるような歌―を歌う者は多くいません。ダビデのように、舌は主にささげられ、口を開けば主の誉れを告げる者となることこそ、主が喜ばれることです。
  • 14節の「歌う」と訳された「ラーナン」(רָנַן)は「声高らかに歌う、喜び歌う、声高く歌う、喜びの歌を高く上げる、喜びの声を上げる」など、「喜び」が基調にある歌を意味します。8節と12節では、「喜び」(名詞)(「サーソ―ン」שָׂשׂוֹן)で満たし、救いの「喜び」(同)を返して下さいとも祈っています。
  • 「歌う」という動詞の類義語は多くあります。

    ①一般的な「歌う」という意味の「シール」(שִׁיר)。
    ②派手に、にぎやかな、なりふりかまわぬ「ハーラル」(הָלַל)。
    ③静まって賛美する「バーラフ 」(בָּרַךְ)。
    ④大きな声を上げて歌う「シャーヴァハ」(שָׁבַח)。
    ⑤楽器を伴う「ザーマル」(זָמַר)。
    ⑥感謝をこめて手を上げて賛美する「ヤーダー」(יָדָה)。
    ⑦主の名を高く上げ、称賛しあがめる「ルーム」(רוּם)などがあります。
    ⑧「ナーガド」(נָגַד)はすでに詩篇38篇18節で取り上げました。そこでは自分の咎を「言い表す」という意味で使われていましたが、詩51篇では神の誉れを「告げる」という意味で使われています。

  • 目が開かれることも、耳が開かれることも、くちびるが開かれることも、心が開かれることも、すべては神の一方的な恩寵のみわざです。詩40篇の作者も「主は、私の口に、新しい歌、われらの神への賛美を授けられた。」(3節)と告白しています。   

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