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礼拝用語Ps54

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詩54篇「進んでささげる」נָדַב ナーダヴ


※ここの記述は6年程の前のもので、ここで取り上げた「進んでささげる」を動詞の「ナーダウ」として記載しましたが、名詞の「自発的なささげ物」を意味する「ネダーヴァー」(נְדָבָה)に前置詞「ビ」(בִּ)が頭についたもので、「ビンダーヴァー」(בִּנְדִבָה)、意味は「自由意志で」(自ら進んで)という意味です。意味内容としては変わりませんが、動詞ではありません。記念として当時のままにしてあります。(2013.11.12)

〔カテゴリー感謝〕

6節「私は進んでささげる(נָדַב)ささげ物をもって、あなたにいけにえをささげます(זָבַח)。」(新改訳「進んで」、口語訳「喜んで」、新共同訳「自ら進んで」)

Keyword;「自ら進んでささげる、喜んでささげる」 freely sacrifice, a free-will offering

  • 「進んでささげ物をする」と訳された「ナーダヴ」(נָדַב)は「喜んでする、惜しげなくささげる、真心よりの供え物をささげる、自ら進んでささげる、喜んでささげる」といった自由意志を表す動詞です。つまり、一切の義務や強制からではなく、あくまでも自発性が重んじられた自由な意思に基づく行為を表すことばです。
  • 詩54篇ではダビデがそうした自発的なささげものをする理由について記しています。7節がそうです。「神は、すべての苦難から私を救い出し、私の目が私の敵をながめるようにしてくださったからです。」・・・「私の目が敵をながめるようにしてくださった」とは、理不尽な敵、不条理な敵さえも、自分の成長にとって、愛すべき敵となった意味です。
  • ダビデは王となるべきサムエルから聞かされた時から、彼の王となるべく資質を整えるための神の訓練が始まりました。タビデは10余年の荒野での逃亡生活の中で、恩を仇で返されたり、裏切られたりといった経験を何度もしましたが、それは神が「いつくしみ」をもって彼を成長させるためでした。そうした訓練はそのときには決して喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると平安の義の実を結ばせてくれます。
  • 特に、神との信頼の絆を強めることになります。“The Power of Your Love”’という賛美があります。その歌には「わが心、造り変えたまえ、わがうちにおられる主よ。わが弱さ、取り去りたまえ・・・」とありますが、「わが弱さ」とは神をどこまでも信頼することのできない弱さを意味しています。神に信頼し切れない自分の「弱さ」を取り去って、どこまでも神を信頼する心に造り変えて下さいという祈りの歌です。ダビデに対する荒野の放浪経験は神への信頼の絆を強めると共に、自分と運命を共にする同胞たちとの信頼関係を築くためのものでした。そのために神は敵さえも用いられることをダビデは知るようになりました。それが、「私の目が敵をながめるようにしてくださった」という意味です。
  • ダビデは主がどういうお方かを知りました。それは「いつくしみ深い」ということです。「トーヴ」(טוֹב)な方、良い方、グッド(good)な方。良いことしかできない方、私にとって良いことしかなさらない方だという告白です。このことを知ってダビデはますます自ら進んで神によいものをささげる者となったのです。これは全面的信頼を表すささげものなのです。
  • ちなみに、大祭司アロンの長子の名は「ナーダヴ」(נָדַב)です。アロンはその子を心から喜んで神に感謝してささげたに違いありません。しかし、彼は弟のアビブと共に規定とは異なる火をささげたことにより、神の怒りにふれて死にました。

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