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礼拝用語Ps55(2)

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詩55篇(2)「ゆだねる」 שָׁלַךְ シャーラフ

〔カテゴリー信頼〕

22節「あなたの重荷を主にゆだねよ。主はあなたのことを心配してくださる。」(新改訳)
22節「あなたの重荷を主にゆだねよ 主はあなたを支えて下さる。」(新共同訳)

Keyword; 「ゆだねます」 cast, commit, unload

  • 詩31篇5節でも「ゆだねる」を取り上げましたが、そこではパーカドפָּקַד(paqad)が使われていました。しかし、詩54篇22節の「ゆだねる」はシャーラフשָׁלַךְ(shalakh)が使われています。
  • シャーラフשָׁלַךְ(shalakh)は「投げる、投げ与える、渡す、見離す、あずける」と言った意味合いがあります。受動態では「渡される、あずけられる、ゆだねられる」という表現となります。詩22篇9, 10節では「あなたは私を母の胎から取り出した方。母の乳房に拠り頼ませた方。生まれる前から、私はあなたに、ゆだねられました。」とあります。つまり、神に依存するようにされたという意味です。
  • 自分自身を神に「投げ与える、明け渡す、自分に見切りをつけて、神に自分の身をあずけて、任せる」ーこれがシャーラフשָׁלַךְ(shalakh)「ゆだねる」ということばの意味です。
  • 神の御子イエス・キリストは御父に自分の一切をゆだねておられました。「ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。」(ペテロ第一、2章23節)とあるとおりです。
  • 私たちも、主イエスと同様に、神にゆだねること、神に任せることを学ばなければならないと思います。自分の重荷をー使命、働き、責任、思い煩いなどーすべて主にゆだねなければなりません。主イエス・キリストは言われました。「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」(マタイの福音書11章28~30節) このイエスの招きの背景には神の御国の福音を宣べ伝えたとしても、聞く者は少ないという現実があります。実は、その現実の中で疲れ切ってしまう働き人に対する招きのことばなのです。
  • 信頼がなければ、自分自身を明け渡すことなどできません。ある老婦人が将来の不安を抱えていましたが、浪費癖があり、自分では金銭の管理ができずに、いつも年金の振り込まれる二週間前にはお金がなくなってしまいました。しかし、あることを契機に、その管理をゆだねるようになりました。そのことにより、お金がなくなる心配がなくなり、その婦人は「以前よりも、安心して暮らすことができるようになった。」と言うようになりました。「ゆだねる」というのは、このように安心につながるのです。

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