****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

神の教えの「奇しさ」についての一例

ギメル瞑想(2) 「奇しいこと」

神の教えの「奇しさ」についての一例


  • イスラエルの民がエジプトから解放されたのは、彼らが「祭司の国」「聖なる国」となるためでした。彼らはそうした存在となるための新しい生き方を教えられる必要がありました。その必要のために神は「律法(トーラー)」をお与えになりました。律法は神の民が神の民として生きるために神が用いられる補助教材です。もしそれがなければ、神の民はほかの諸国と同じになってしまうからでした。神の民はエジプトのような国とも、またカナン人とも同じようになってはならなかったのです。「あなたがたの神、主であるわたしが聖であるから、あなたがたも聖なる者とならなければならない。」(レビ19:2)
  • 主の律法とは、神の民としての生き方を規定する神の教えの総称です。律法は、「弱い者であることを恐れない生き方」、「自分の力に頼らないで、主を信頼する生き方」を教えます。アラン・グライダー師は「律法の規定は、主への信頼を制度化したもの」だと述べています(アラン・グライダー著『<聖>をめざす旅』、棚瀬多喜男訳、東京ミッション研究所、2000, 87頁)。
  • たとえば、生存の保障という分野において、律法が定める規定として安息年(7年目)があります。これは、第一に土地を休ませること。第二に6年間奴隷となっていた者は解放しなければならないこと。第三は貧しい者は畑に生えてくるものはほしいだけ取っていいこと。そして第四はすべての負債が免除されることです。これらのことを通して、安息年は貧困の日をぬぐい去る時であったのです。
  • ヨベルの年(50年目の安息年)にあっては、より大規模な自由と解放が実施される規定がありました。つまり、土地の再配分、再平等化がおこなわれたのです。借用権利は無効となり、土地は解放され、最初にそれを神から与えられた家族に返還されるのです。こうして、どの家族も平等になり、新しい出発をすることができるようにした規定です。このような規定はイスラエルの国以外のどんな国にもありません。
  • 神の律法には、かつてイスラエルの民が奴隷であったという事実、そこから贖いだされたという事実、そして土地はあくまでも主からの贈り物であったという背景が存在しています。これらはすべて一人ひとりの努力の結果として、自分で勝ち取ったものではないからです。イスラエルの民は、人を思いやる生き方、神に忠実な生き方をすることによって、主なる神に応えなければなりませんでした。神が恵みをもって彼らに自由と食物と土地を与えてくださったのであるから、彼らもまた寛大な、親切なふるまいをすべきだという規定がさだめられたのです。
  • 安息年に種まきや収穫をやめること、またヨベルの年に財産を再配分するということは、一般的な考え方をするならば愚かに見えます。「7年目にどうして食べていけばよいのか」という心配が起こっても当然でした。しかし律法で規定されるイスラエルの諸制度は、信仰という前提に立っていました。それは常識を超えるものです。神が恵み深い方であることを信じることなくしては到底、守ることのできないものだったのです。(同、88~91頁参照)



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