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神殿奉仕における秩序と卓越性

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23. 神殿奉仕における秩序と卓越性

【聖書箇所】Ⅰ歴代誌 23章1節~27章34節

ベレーシート

  • 23章から27章まで、少々乱暴ですが、一括りしたいと思います。ここには二つの目立ったテーマが見えます。一つは、主の宮に仕える者たちの任務の内容よりは、彼らを組み分けるという秩序立った組織化です。キーワードは「組に分ける」ということで、その目的とするところは途切れることのない奉仕にあります。もう一つのテーマは「卓越性」です。キーワードとしては「達人」とか「勇士」といった言葉です。

1. 秩序立った組織化

  • 23章6節に「ダビデは彼らを組に分けた」とあります。これは主の宮におけるレビ族のみならず、祭司、レビ人の聖歌隊、門衛、戦士たちを組分けして、それぞれの任務を果たさせるようにしたということです。
  • 組に分ける」ということばは二つのことば、つまり名詞と動詞の組み合わせから成っています。「分ける」という「ハーラク」(חָלַק)の強意形のピエル態と、「組」「割り当て」という女性名詞の「マハルカー」(מַחֲלְקָה)で、双方とも同じ語根です。特に、この「マハルカー」(מַחֲלְקָה)は、歴代誌の特愛用語で22回使われていますが、そのうちの20回が歴代誌(Ⅰ&Ⅱ)で使われています。脚注1
  • Ⅰ歴代誌23~27章までに9回「組分け」(区分け)という表現が見られます。その箇所は、23:6/24:1/26:1, 12, 19に。27章では1~15節まで各節に「分団」ということばで「マハルカー」(מַחֲלְקָה)が使われています。一日毎の交代制もあれば、月ごとの交代制もあります。

(1) 祭司・・24組の各代表となる祭司(24章)
(2) 音楽にかかわるレビ人・・24組に分け、その1組には12人。合わせて288人(25章)。
(3) 門衛・・南と北の門には毎日4人、東と西には毎日6人ずつ配備された(26章)。
(4) 王を守る親衛隊・・月毎に12軍団(1軍団が24,000人)がエルサレムの王を守るために周辺を交代で警備した(27章)。

  • こうした秩序性は「主の家」を建てる上で、また継続的な奉仕において必須な要件です。「ねたみや敵対心のあるところには秩序の乱れがあり、あらゆる邪悪な行ないがある」(ヤコブ3:16)とあるように、強固な家における秩序は、神の完全な統治のあかしです。
  • 注目すべきことに、組に「分ける」「割り当てる」という動詞の「ハーラク」(חָלַק)には「なめらかにする」という意味合いがあります。つまり、主と王に仕えるということを円滑にするという意味です。断続的奉仕ではなく継続的奉仕によって、また秩序をもって流れるように引き継がれていくイメージです。
  • このことは主を礼拝する上で重要な要素です。ひとつの礼拝においてもそのことが言えます。礼拝がぶつぶつと途切れてしまうような流れではなく、川が流れるように霊の流れを感じさせるような礼拝が目指されなければなりません。
  • やがてメシアの再臨によってエルサレムが復興される「千年王国」において、メシアが王としての統治がなされますが、そこに王である主を礼拝をするために流れるようにしてやってくる諸国民が、エルサレムを見て、次のように預言的に記しています。

    【新改訳改訂第3版】詩篇122篇
    1 人々が私に、「さあ、【主】の家に行こう」と言ったとき、私は喜んだ。
    2 エルサレムよ。私たちの足は、おまえの門のうちに立っている。
    3 エルサレム、それは、よくまとめられた町として建てられている

「よくまとめられた町」とは、「すべてが結び合ってひとつとなっている町」と言う意味です。いわば、天と地がダビデ的メシアによってひとつ(「エハッド」אֶחָד)となっているという預言です。ダビデは主の宮とそこに奉仕する者たちを組分けることによって、やがてこの地の王として来られる方の支配するエルサレムとその神殿を天から啓示されて、預言的に「組分け」していると言えるのです。天にある秩序を地においてもそのようにしようとしたのです。

2. 奉仕者の「卓越性」

(1) 主を賛美する達人(礼拝を導くことのできる霊的な達人)

  • 主の宮で仕える者たち、特に、選り分けられた288人の賛美者たちは、四千人の聖歌隊の中から特別に訓練された者たちであり、「達人であった」と記されています。

    【新改訳改訂第3版】25章7 節
    彼らおよび【主】にささげる歌の訓練を受けた彼らの同族──彼らはみな達人であった──の人数は二百八十八人であった。

  • 「達人」と訳された原語は「ハ・メーヴィーン」(הַמֵבִין)で、冠詞付の「ビーン」(בִּין)の分詞使役形です。動詞の「ビーン」(בִּין)の使役形は「悟らせる」「教える」「識別」するという意味で、霊的な事柄についてよく理解し、それを悟り、教えることのできる人のことです。単なる音楽の技術的なことだけを訓練されている者ではなく、霊的な悟りをも持っているということです。288人の者たちが「みな達人であった」ということは注目すべき点です。
  • アサフの子は4人、エドトンの子は6人、ヘマンの子は息子が14人、それらの子どもからそれぞれ12人が輩出しています。日本の歌舞伎や能と同様に世襲制であり、そうした働きを通して預言的な詩篇が数多く作られたのだと考えられます。詩篇は彼らの結晶なのです。
  • キリスト教会は、このような音楽のみならず、みことばにも精通した、創造的卓越性をもった神の人材が、次世代から多く輩出されるように祈らなければなりません。そしてダビデのように準備していく必要があります。卓越した人材は多くの祈りと神の恵みが必要だと痛感させられます。

(2) 主に祝福された「勇士」たち

  • 門衛の一人に「メシャレムヤ」がいます。Ⅰ歴代9章19節にある「シャルム」と同一人物のようです。この名前を持つ人物は聖書に14人ほどいます。「シャルーム」(שַׁלּוּם)は「平和」「安全」「健全」といった意味ですが、「メシャレムヤ」は、「主に繁栄を与えられた者」という意味です。彼と彼の子どもたちの記述を見てみましょう。

    【新改訳改訂第3版】Ⅰ歴代26章2~9節

    2 メシェレムヤには子どもがあった。長男ゼカリヤ、次男エディアエル、三男ゼバデヤ、四男ヤテニエル、
    3 五男エラム、六男ヨハナン、七男エルエホエナイ。
    4 オベデ・エドムには子どもがあった。長男シェマヤ、次男エホザバデ、三男ヨアフ、四男サカル、五男ネタヌエル、
    5 六男アミエル、七男イッサカル、八男ペウルタイ。神が彼を祝福されたからである。
    6 彼の子シェマヤに子どもたちが生まれた。彼らは勇士(גִּבוֹר)だったので、その父の家を治める者となった。
    7 シェマヤの子は、オテニ、レファエル、オベデ、エルザバデ──彼の兄弟は勇者(חַיִל)、エリフとセマクヤ。
    8 これはみな、オベデ・エドムの子たちで、彼らとその子、兄弟たちは、その奉仕にふさわしい力のある勇敢な人(חַיִל)であった。オベデ・エドムに属する者は六十二人であった。
    9 メシェレムヤには子どもと兄弟たちがあり、彼らは勇者(חַיִל)で、十八人であった。

  • 6節に「シェマヤー」(שְׁמַעְיָה)の子どもたちは「勇士」だったとあります。ここでの「勇士」とは「ギヴォール」(גִּבוֹר)で、非常に力ある勇気のある「勇士」という意味です。7節の「勇敢な人」とは「ハイル」(חַיִל)で、その奉仕にふさわしい力だと聖書が記していますが、その力とは、厳しい苦しさの中にあっても、それを耐え抜く力を意味します。8節の「勇者」も同じく「ハイル」(חַיִל)です。こうした強さは門衛を務めを続けていくためには不可欠な賜物と言えます。


脚注1

●「ハーラク」(חָלַק)の初出箇所は創世記14章15節です。この箇所は、エラムの王ケドルラオメルの連合軍がソドムとゴモラの全財産と食糧全部を奪った行った出来事が記されています。アブラムの甥のロトが捕らわれの身となり、その財産も奪われことを聞いたアブラムは、彼の家で生まれたしもべ318人を召集して追跡します。そしてアブラムとしもべどもは奪われたすべての財産を取り戻し、ロトとその家族を取り戻しています。

●新改訳聖書では15節にある「ハーラク」の訳が「展開し」と訳していて不明確です。しかし新共同訳では「夜、彼と僕たちは分かれて敵を襲い、ダマスコの北のホバまで追跡した。」とあります。口語訳も「そのしもべたちを分けて、夜かれらを攻め、これを撃ってダマスコの北、ホバまで彼らを追った。」とあります。318人というわずかな人数ですが、それを分けて、夜、敵に奇襲をかけたことで勝利がもたらされました。

●問題は318人という数と勝利の関係です。この318人という数は、ヘブル語の「神は助け」を意味する「エリーエゼル」(אֱלִיעֶזֶר)のゲマトリアなのです。この語彙のヘブル文字を数値に換算すると、【1+30+10+70+7+200=318】となります。つまりこの数の中に「神の助け」という信仰が隠されているということです。その信仰を確認するかのように、シャレムの王メルキゼデクが登場し、アブラムを祝福しています。

●ダビデという人は「分ける」「組分ける」ことの麗しさと力をよく知っている達人でした。Ⅰサムエル30:24、Ⅱサムエル6:19(Ⅰ歴代誌16:3)、Ⅰ歴代誌23:6、24:3, 4, 5を参照。聖歌隊も12人ずつ24組に分けることで、24時間の絶えることのない神への賛美を実現しようとしました。ここに、主に贖われた者たちがやがてメシア王国のエルサレムにおいて絶えることのない賛美礼拝がささげられることの型があります。

●ヨハネは天の御座の回りに「24の座」(黙示録4:4)に長老たちが座っているのを見ています。この「24」は、神に贖われて御国に住むことになるイスラエルの12部族と新約のイェシュアの12人からなる弟子たちの、神の民を代表する者たちとも考えられます。あるいは、ダビデが神殿礼拝における24組の祭司やレビ人たちとみなすことができます。24組に分けられることは御国における主の定めの中にある事柄なのです。そこには主の家の完成、勝利、永遠の概念が隠されています。


2014.2.4.


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