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神殿税の納入をめぐって

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77. 神殿税の納入を巡って

【聖書箇所】マタイの福音書17章14~23節

ベレーシート

●第二回目の受難告知(17:22~23)と神殿税の納入の話はつながっています(正確には、ペテロの信仰告白からつながっています)。テキストを読みましょう。

【新改訳2017】マタイの福音書17章22~27節
22 彼らがガリラヤに集まっていたとき、イエスは言われた。
「人の子は、人々の手に渡されようとしています。
23 人の子は彼らに殺されるが、三日目によみがえります。」すると彼らはたいへん悲しんだ。

24 彼らがカペナウムに着いたとき、神殿税を集める人たちがペテロのところに近寄って来て言った。「あなたがたの先生は神殿税を納めないのですか。」
25 彼は「納めます」と言った。そして家に入ると、イエスのほうから先にこう言われた。「シモン、あなたはどう思いますか。地上の王たちはだれから税や貢ぎ物を取りますか。自分の子たちからですか、それとも、ほかの人たちからですか。」
26 ペテロが「ほかの人たちからです」と言うと、イエスは言われた。「ですから、子たちにはその義務がないのです。
27 しかし、あの人たちをつまずかせないために、湖に行って釣り糸を垂れ、最初に釣れた魚を取りなさい。その口を開けるとスタテル銀貨一枚が見つかります。それを取って、わたしとあなたの分として納めなさい。」

●今回の話は税金に関する話です。税金の知識はとても大切です。成人した大人ならば、国民としてその義務を果たさなければなりません。しかしそれはそれとして、イェシュアが話されたこと、またなされた奇蹟は、すべて「御国」にまつわるものですから、今日のテキストの中にそれがどういう形で語られているのかを悟る必要があります。

1. 神殿とイェシュアのかかわり

●22~23節には、第二回目のイェシュアの「死と復活の予告」が語られています。「人の子は、人々の手に渡されようとしています。人の子は彼らに殺されるが、三日目によみがえります。」にある「人々」とは、壮麗な神殿に象徴される大祭司一族、さらに律法主義に象徴されるパリサイ人や律法学者たちのことです。そしてその「人々の手に」、つまり、彼らの支配の下で、神から遣わされた神の子キリストが「邪魔者」として捨てられるという計画が着々と進められている中での予告です。

●イェシュアは幼い時から両親に連れられて、エルサレムの神殿に行っていました。ベツレヘムで誕生した後、40日間のきよめの期間が満ちた時に、両親は幼子イェシュアを主にささげるためにエルサレムの神殿に詣でています(ルカ2:22)。また、ナザレに住んでいた時にも、過越の祭りには毎年エルサレムを訪れています。イェシュアが12歳になった時には、神殿(ヒエロス= ἱερός=宮)で、教師たちの真ん中に座って話を聞いたり質問したりしています。このときイェシュアは自分を捜す両親に向かって、「わたしが自分の父の家にいるのは当然であることを、ご存じなかったのですか。」と言っています。ここでイェシュアが「わたしが自分の父の家にいるのは当然である」と述べていることはとても重要なことです。神殿(=宮)はまさに「御父の家」であり、自分はその御父の子であるということを述べているからです。ヨハネの福音書1章14節では「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。」とあります。「住まわれた」とは「幕屋を張った」という意味の「スケーノー」(σκηνόω)が使われています。つまり、ことばであるイェシュアが幕屋(神殿)そのものなのです。そのイェシュアが公生涯に入られた時、以下のような出来事があったことをヨハネは記しています。

【新改訳2017】ヨハネの福音書2章13~21節
13 さて、ユダヤ人の過越の祭りが近づき、イエスはエルサレムに上られた。
14 そして、宮の中で、牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを見て、
15 細縄でむちを作って、羊も牛もみな宮から追い出し、両替人の金を散らして、その台を倒し、
16 鳩を売っている者たちに言われた。「それをここから持って行け。わたしの父の家を商売の家にしてはならない。」
17 弟子たちは、「あなたの家を思う熱心が私を食い尽くす」と書いてあるのを思い起こした。
18 すると、ユダヤ人たちがイエスに対して言った。「こんなことをするからには、どんなしるしを見せてくれるのか。」
19 イエスは彼らに答えられた。「この神殿を壊してみなさい。わたしは、三日でそれをよみがえらせる。」
20 そこで、ユダヤ人たちは言った。「この神殿は建てるのに四十六年かかった。あなたはそれを三日でよみがえらせるのか。」
21 しかし、イエスはご自分のからだという神殿について語られたのであった。

●イェシュアはエルサレム神殿の現状に怒りを覚え、「わたしの父の家を商売の家にしてはならない。」と言って、神殿でささげものを売っている人たちや両替人を宮から追い出しています。神殿が祈りの家ではなく、もはや強盗の巣となってしまっていたのです(マタイ21:12~17)。これは神殿に仕える大祭司一族が、神殿を自分たちの私財を蓄えるものとしていたことに原因があります。すでに神殿が神聖な場所ではなくなっているとイェシュアはみなしていたのです。それだけでなく、自分こそ三日で新しい神殿を建て上げることを預言しています。Ⅰコリント書3章16~17節でパウロが「 あなたがたは、自分が神の宮であり、神の御霊が自分のうちに住んでおられることを知らないのですか。・・・神の宮は聖なるものだからです。あなたがたは、その宮です。」と書いているように、エルサレム神殿に代わる新しい神殿とは、教会のこと、あるいは、主を信じる一人ひとりです。それまでのエルサレム神殿は崩れ去ることが定まっていたのです。このエルサレム神殿に対して、イェシュアはこう言っています。

【新改訳2017】マタイの福音書23章37~39節
37 エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者よ。わたしは何度、めんどりがひなを翼の下に集めるように、おまえの子らを集めようとしたことか。それなのに、おまえたちはそれを望まなかった。
38 見よ。おまえたちの家は、荒れ果てたまま見捨てられる。
39 わたしはおまえたちに言う。今から後、『祝福あれ、主の御名によって来られる方に』とおまえたちが言う時が来るまで、決しておまえたちがわたしを見ることはない。」

●このことばには、イェシュアの悲しみを感じさせられます。38節にある「見よ。おまえたちの家は、荒れ果てたまま見捨てられる」の「おまえたちの家」とはエルサレム神殿のことです。この預言はA.D.70年において成就します。ローマ軍によってエルサレムの神殿は壊滅的に崩壊し、エルサレムのユダヤ人は離散の民とされたのです。まさに「荒れ果てたまま見捨てられる」ことをイェシュアはすでに知っていました。それはエルサレム神殿が神の目にはすでに死んだものとなっていたからです。そうした神殿を支えるための神殿税を納めるということが、今回のテキストで扱われているのです。

2. 神殿を支える神殿税

●壮麗な神殿を支えていくためには莫大な資金が必要です。そのために神殿税を集める人たちがいたのです。おそらく各地にいるレビ人たちがその働きを担っていたのではないかと思われます。彼らはペテロに近寄って来て言います。「あなたがたの先生は神殿税を納めないのですか」と。ペテロは即座に「納めます」と答えます。原文では「はい」を意味する「ナイ」(ναί)の一言だけです。「納めないのですか」に対して、「はい」とそのまま訳すと、「納めません」と受け取られてしまうため、「納めます」と訳されています。

●ところで、神殿税とは何で、その納入額とはどの程度の額なのでしょうか。原文では「神殿税」という語彙はなく、ギリシア・ローマ貨幣の単位である「ディドラクモン」(δίδραχμον)の複数形「ディドラクマ」(δίδραχμα)となっています。これが納入すべき神殿税の額です。ユダヤの貨幣ではそれは半シェケルになります。神殿税とはユダヤ人の20歳以上の成人男子が、貧富の区別なく、年額半シェケルを一律に納めるものです。その根拠となっているのが出エジプト記30章12~16節にある規定です。

【新改訳2017】出エジプト記30章12~16節
12 「あなたがイスラエルの子らの登録のためにその頭数を調べるとき、各人はその登録にあたり、自分のたましいの償(つぐな)い金を【主】に納めなければならない。これは、彼らの登録にあたり、彼らにわざわいが起こらないようにするためである。
13 登録される者がそれぞれ納めるのは、これである。 聖所のシェケルで半シェケル。一シェケルは二十ゲラで、半シェケルが【主】への奉納物である。
14 二十歳またそれ以上の者で、登録される者はみな、【主】にこの奉納物を納める。
15 あなたがたのたましいのために宥めを行おうと、【主】に奉納物を納めるときには、 富む人も半シェケルより多く払ってはならず、 貧しい人もそれより少なく払ってはならない。
16 イスラエルの子らから償いのための銀を受け取ったなら、それを会見の天幕の用に充てる。 こうしてそれは、イスラエルの子らにとって、 あなたがたのたましいに宥めがなされたことに対する、【主】の前での記念となる。 」

●トーラーによれば、この規定は「自分のたましいの償い金」とあります。つまりイスラエルの民一人ひとりが主によって贖われた感謝として主にささげる奉納金です。そして、その奉納金は「会見の天幕の用に充てる」とされています。「会見の天幕」とは「幕屋」のことです。これが後に神殿税となります。

●イェシュアの時代にはすでにユダヤ人たちがいろいろなところに離散しています。それぞれの地方で異なる貨幣が使われているため、ユダヤ人が神殿に納める半シェケルにするためには両替をしなければならず、その両替料も発生することになります。神殿税を集める者はそうした働きをも含んでいたのです。ですから、この神殿税を集める(=原文では「受け取る」)人は、聖書にしばしば出て来る取税人とは異なります。取税人とはローマの手先機関に身を置くユダヤ人のことで、ローマの税金に上乗せをして徴収していた人たちです。そのため彼らはユダヤ人たちから嫌われていました。ちなみに、マタイの職業は取税人でした。

●イェシュアの一行はいろいろなところに伝道旅行していたために、神殿税を納めることができなかったのかもしれません。そのために神殿税を徴収する者たちがやってきたと思われます。ペテロが家に入ると、イェシュアの方からこの神殿税についてどう思うかと質問されたのです。このやりとりが26~27節にあります。

「シモン、あなたはどう思いますか。地上の王たちはだれから税や貢ぎ物を取りますか。自分の子たちからですか、それとも、ほかの人たちからですか。」ペテロが「ほかの人たちからです」と言うと、イエスは言われた。「ですから、子たちにはその義務がないのです。」

●「税や貢ぎ物」とありますが、「税」は「テロス」(τέλος)で「物品税、関税」などを意味し、「貢ぎ物」は「ケーンソス」(κῆνσος)で「人頭税」(今日の住民税)を意味しています。イェシュアは二種類の税を挙げていますが、おそらく税のすべてを含んでいると思われます。イェシュアは「地上の王たちはだれから税や貢ぎ物を取りますか。自分の子たちからですか、それとも、ほかの人たちからですか。」とペテロに問いかけます。ペテロは即座に「ほかの人たちからです」と答えます。

●これはたとえです。「王」とは「神」を、「自分の子たち」とは新しい契約にあずかる「御国の民」を、そして「ほかの人たち」とは「イスラエルの民」のことを表すたとえです。しかし、ペテロはここでも的外れな応答えをしています。おそらく当時のローマ帝国を念頭に答えたのかもしれません。イェシュアのたとえを、この世にある次元の話として聞くと読み違えます。イェシュアのたとえはすべて御国に関するものです。イェシュアはペテロの答えを訂正することなく、その答えを用いて、「ですから、子たちにはその義務がないのです」とイェシュアは述べています。「ですから」は「アラ」(ἄρα)という接続詞で、「以上のたとえに基づけば」という意味です。地上の王と王の子どもたち(王子たち)の関係がそうであるなら、ましてや神と神の子どもたちの関係においても当然であるという当時のラビ的論法です。この場合の「子たち」(=息子たち)とは、先に述べたように、御国の民たちのことです。御国の民たちにはその義務がないのだと言っているのです。イェシュア自身は、王にとっては特別な王子であるように、神(御父)にとっては御子です。とすれば、ましてや自分が神殿税を納める義務など全くないということをペテロに示したのです。

●「義務がない」と訳された「エリューセロス」(ἐλεύθερος)という形容詞は、「束縛や制限を受けない、自由である、解放されている」という意味です。ところが、次節の27節で、イェシュアは驚くべきことを言っています。

3. 「つまずかせないために」

【新改訳2017】マタイの福音書17章27節
しかし、あの人たちをつまずかせないために、湖に行って釣り糸を垂れ、最初に釣れた魚を取りなさい。その口を開けるとスタテル銀貨一枚が見つかります。それを取って、わたしとあなたの分として納めなさい。

●義務がないにもかかわらず、「あの人たちをつまずかせないために」、神殿税を納めるようにペテロに語っているのです。「あの人たち」(=原文では「彼ら」)とはだれのことでしょうか。「あの人たち」とは「神殿税を集める人たち」とも、「イスラエルの民衆」とも解釈できます。ないしは、それらを含めて解釈することも可能です。いずれにしても、「彼らをつまずかせないために」イェシュアは不思議な奇蹟をするというのです。その奇蹟とは、「湖に行って釣り糸を垂れ、最初に釣れた魚を取りなさい。その口を開けるとスタテル銀貨一枚が見つかります。」というものです。この奇蹟にも御国の奥義が隠されています。スタテル銀貨一枚とは、イェシュアとペテロの二人分の額です。それを取って納めよと言っているのですが、とても印象的な方法です。

●まず、「最初に釣れた魚」を取りなさいとあります。なぜ「最初に」なのでしょうか。なぜ「魚」なのでしょうか。最初に釣れた魚ということは、複数の魚ではなく、単数(一匹)の魚です。それらの言葉の中に隠されている奥義があります。ギリシア語で魚のことを「イクスース」(ἰχθύς)と言います。その複数形は「イクスーエス」(ἰχθύες)となります。なぜ一匹の魚なのかと言えば、複数形では意味をなさなくなってしまうからです。それは魚を意味するギリシア語の「イクス―ス」(ἰχθύς)の一つひとつのアルファベットが、あることばを指し示す頭文字となっているということです。以下がそれです。

①「イオーター」()の文字は「イエスース」(Ἰησοῦς)の頭文字で、イェシュアのことを意味します。
②「キー」(χ)の文字は「クリストス」(Χριστος)の頭文字で、キリストを意味します。
③「セータ」(θ)の文字は「セオス」(θεός) の頭文字で、神を意味します。
④「ユプシロン」(ύ)の文字は「ヒュイオス」(υἱος) の頭文字で、子を意味します。
⑤「シグマ」(ς)の文字は「ソーテール」(σωτηρ) の頭文字で、救い主を意味します。

●このように、魚の「イクス―ス」(ἰχθύς)には「イェシュア・キリスト・神・子・救い主」ということばが隠されているのです。イェシュアがペテロに、なぜ「湖に行って釣り糸を垂れ、最初に釣れた魚を取りなさい」と言ったのかといえば、「わたしは神の子キリストであり、救い主である」ことを示すためであったことが分かります。しかも、ペテロはマタイ16章16節でイェシュアのことを「あなたは生ける神の子キリストです」と告白した者(=御父によって告白させられた者)です。そのことを再度示すためでもあったと思われます。

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●さらに、「最初に釣れた魚」の「最初に」(「プロートス」πρῶτος)という語彙も意味が深いです、これは形容詞ですが、名詞にすると、それは「最初、初穂、かしら、最良」を表わす語彙となります。この「最初に」という語彙の中に「(復活の)初穂」という意味合いが込められているとすれば、イェシュアが「最初に釣れた魚を取りなさい」と言ったことばの中には、復活の初穂となる神の子イェシュアこそメシアであり、あなたがたの救い主であるという預言的なメッセージが隠されていることになります。初代のキリスト者たちはこのことを悟り、キリスト信仰を表わすシンボルマークとして、「イクスース」(ἰχθύς)を使うようになったのです。

●この奇蹟は預言的なメッセージを啓示しているのですが、「人々をつまずかせないために」、イェシュアは納入すべきものをペテロに与えています。「人々をつまずかせないために」とは、不要な混乱を招いて誤解されないためですが、それ以上に神殿税はトーラーが規定していることでもあったからです。聖書が定めたことであるとはいえ、その神殿はすでに死んだ状態になっており、やがて滅びる運命にあることを知りつつの納入だったことを思えば、イェシュアの心はいかばかりだったでしょうか。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」という心の叫びがすでにあったのではないでしょうか。御国の到来の約束を信じている私たちは、イェシュアと同じ気持ちを持ちつつ、この世を歩むべきではないかと思います。ペテロもパウロもそれぞれの手紙の中で次のように教えています。

【新改訳2017】Ⅰペテロの手紙2章13~17節
13 人が立てたすべての制度に、主のゆえに従いなさい。それが主権者である王であっても、
14 あるいは、悪を行う者を罰して善を行う者をほめるために、王から遣わされた総督であっても、従いなさい。
15 善を行って、愚かな者たちの無知な発言を封じることは、神のみこころだからです
16 自由な者として、しかもその自由を悪の言い訳にせず、神のしもべとして従いなさい
17 すべての人を敬い、兄弟たちを愛し、神を恐れ、王を敬いなさい。

【新改訳2017】ローマ人への手紙13章7節
すべての人に対して義務を果たしなさい。税金を納めるべき人には税金を納め、関税を納めるべき人には関税を納め、恐れるべき人を恐れ、敬うべき人を敬いなさい。


●「つまずかせないために」、イェシュアがペテロに不思議な方法で必要を満たしてくださったように、私たちにも予想を越えた方法で必要を満たしてくださると信じることができます。ですから、「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。」(マタイ6:33)という約束を信じて生きることができるのです。不思議な恵みによる神のご支配に期待しつつ、信仰の王道を歩み続けたいと思わされます。

2020.5.10
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