****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

聖なる神の都、新しいエルサレムのヴィジョン

結論 1. 聖なる神の都、新しいエルサレムのヴィジョン

はじめに

  • ヨハネの黙示録において、「御座についておられる方」の唯一の重要な宣言がある。その宣言とは、『見よ。わたしは、すべてを新しくする。』(21章5節)である。黙示録の最後の21章と22章は、聖書全巻を締めくくるに最もすばらしい箇所である。そこには、救いの歴史の結論であり、救いの完成を指し示す全く新しい世界の始まりがある。そこには「聖なる都、新しいエルサレム」と呼ばれる輝かしい永遠の「御国」が啓示されており、その中心に神と小羊との御座がある。そこにおいて神の民は、永遠に神に仕え、神の御顔を仰ぎ見るのである。そこで人は神の聖が回復され、神との透明な交わりをもってともに住むのである。

1. すべてを新しくするとの宣言

(1) 天地万物の刷新としての「新しい天と新しい地」

  • 古い天地は消え去り、「新しい天と新しい地」が創造される。もはや海はない。海とは創造の時の混沌を暗示し、悪魔の座を象徴している。

(2) 神と人との新しい関係の刷新としての「聖なる都、新しいエルサレム」

  • ヨハネは「聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとから出て、天から下ってくるのを」(21章2節)見た。古い天地においては、私たちは常に罪、肉、悪魔という敵があり、神との交わりは妨げられることがあったが、完成された御国においては、 神と人との新しい関係はもはや永遠に断たれることはない。その交わりは、この上なく親密で、至福の交わりである。それは全宇宙で最も輝かしく美しいものなのである。「聖なる都、新しいエルサレム」は「小羊の妻である花嫁」であり、神の臨在をあかしする「神の幕屋」とも呼ばれる。この幕屋は旧約時代のような聖所ではなく至聖所そのものである。その至聖所で、神と人とが顔と顔とを会わせ、ともに住むのである。

2. 神の都にあるものとないもの

  • 神の都の特徴は「輝き」「光」である。21章11節、19節、21節参照。神の臨在の輝き、栄光は地上にいる私たちには十分理解することはできない。それでも礼拝の中で、神の都の栄光の一部を味わうことができる。やがて神の都においては、神の臨在の中に私たちが引き入れられ、圧倒されるような聖さ、愛、真実さにふれることになるであろう。
  • 神の都にないものは、死、悲しみ、叫び、苦しみ、そして神殿、太陽、月などである。「もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない」黙示録21章4節。22章22、23節も参照。
  • 神の都にあるものーその最もすばらしいことは、その民が「神の御顔を仰ぎ見る」ことである。22章4節。神との深い交わりの中で私たちの重荷はすべて取り払われ、私たちの目はただ御座におられる方と小羊にのみに注目し、その方に集中し、そしてその方をとこしえにほめたたえながら喜びと感謝を表わす。これこそ、回復された人間の本来的な姿であり、天における礼拝の姿なのである。

3. 「聖なる都、エルサレム」の概観


画像の説明

新しいエルサレムの礎石.JPG

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