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聖霊による保証

第8日目 聖霊による保証

  • 〔聖書箇所〕1章13~14節 【新改訳改訂第3版】

    †1:13 この方にあってあなたがたもまた、真理のことば、あなたがたの救いの福音を聞き、またそれを信じたことにより、約束の聖霊をもって証印を押されました。

    ἐν ᾧ καὶ ὑμεῖς ἀκούσαντες τὸν λόγον τῆς ἀληθείας, τὸ εὐαγγέλιον τῆς σωτηρίας ὑμῶν, ἐν ᾧ καὶ πιστεύσαντες ἐσφραγίσθητε τῷ πνεύματι τῆς ἐπαγγελίας τῷ ἁγίῳ,


    †1:14 聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。これは神の民の贖いのためであり、神の栄光がほめたたえられるためです。

    ὅ ἐστιν ἀρραβὼν τῆς κληρονομίας ἡμῶν, εἰς ἀπολύτρωσιν τῆς περιποιήσεως, εἰς ἔπαινον τῆς δόξης αὐτοῦ.




はじめに

  • エペソ人への手紙1章3~14節までは、原文は一つの文章となっていて、区切りがありません。つまり日本語の文章でいえば、読点〔、〕があっても、句点〔。〕がないのです。パウロは「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように」と神への賛美を口にしたとたん、おそらく、神への賛美が止まらなくなってしまって、14節までを一気に書き出してしまったようです。
    パウロの神へ賛美の構造1
  • このパウロの神への賛美は実に壮大です。その特徴の第一は、「三位一体論的賛美」だということです。父なる神への賛美、子なる神への賛美、そして聖霊なる神への賛美が含まれます。そしてそれぞれ父と子と聖霊が私たちのためにどのように祝福してくださったかが賛美されています。
  • 第二の特徴は、「終末論的賛美」だということです。というのは、壮大な神の救いの出発点からその究極的な結末までのパノラマを見るような視点で神がなされることを賛美しています。
    パウロの神へ賛美の構造2
  • 3節から6節は、父なる神が私たちの救いのためにしてくださったことが書かれていますが、それはひとことで言えば「選び」です。神は「世界の基の置かれる前から」私たちを選び、私たちを「ご自分の子にしようと、…あらかじめ定めておられた」というのです。私たちの救いは、今から二千年前、キリストがこの世界に来てくださった時からはじまったのではなく、それ以前から、それこそアダムやエバの時からはじまっており、旧約聖書を通じて預言され、約束されていましたが、ここでは、それよりももっと前、天地創造のその前からはじまっていたとあります。人類が生まれる前、世界が始まる前から、神は私たちのために救いの計画を立て、その救いの中に私たちを選んでいてくださったというのですから、驚きです。
    パウロの神へ賛美の構造3
  • 御子は、父なる神の計画を実行に移してくださった方です。それが7節から12節に書かれています。10節に「時がついに満ちて、この時のためのみこころが実行に移され」とあるように、御子キリストは、今から二千年前、この地上に生まれ、十字架で死に、三日目に復活して、救いを成就してくださったのです。その救いとは、7節に「血による贖い、すなわち罪の赦し」ということばがありますが、キリストが十字架で死なれたのは、私たちを罪から贖い出すため、つまり、罪のもとに売られていた私たちを買戻し、赦しを与え、罪から解放し、自由にするためでした。そればかりか、「天にあるものも地にあるものも、いっさいのものが、キリストにあって一つに集められる」のです。「キリストにあって一つに集められる」とは、神から遠くはなれていた者が神に近づけられることを意味しています。人類は、本来父なる神のもとで、みんなが兄弟姉妹となり、大きな神の家族として生きるはずでした。ところが、人々はねたんだり、憎んだり、争ったりし、互いに互いを傷つけあうようになってしまったのです。残念ながら、人類の歴史は争いの歴史であり、いつの時代も、どこの国でも、また、家族や友人の間でも争いが絶えないのです。キリストはそんな私たちがもう一度神のもとに立ち返って、神とのまじわりを回復するため、また、お互いが一つとなるために十字架で死なれ、贖いを完成してくださいました。私たちはこのキリストにあって「御国を受け継ぐことができる」のです。
  • さて父なる神は、私たちを選び、神の子どもとすることを計画し、御子がそれを実現しました。そして聖霊は、御子が実現した神の計画を私たちに個別的に与えてくださるのです。私たちのための救いは御子キリストによってすでに成就しています。しかし、それで私たちが自動的に救われるわけではありません。私たちが救いの福音を聞き、それを信じるまでは、救いはまだ私たちの内側には入っていないのです。それは外側に置かれたままです。そこで、聖霊なる神はー今回の本題ですー、キリストにあってなされた救いを私たちの一人一人の内側に実現させてくださるのです。このことを「聖霊によって証印を押された」とパウロは表現しています。

1. 聖霊によって証印を押されるとは・・・

  • 「証印」とは、あることを証明するために印を押すことです。同意書に印鑑を押すとか、契約書に対する同意を証明するために私たちは印鑑を押します。法的により確かな印鑑の場合は、三文判ではなくて実印を使用します。欧米ではサイン。聖霊による証印とは神の実印のことです。
  • 印章の歴史は約5000年前、古代メソポタミアで生まれたとされています。中国では約3500年前、漢字の原型の発生と同時に印章が生まれたと伝えられています。ちなみに、日本で初めて印章を使用するようになったのは、大化改新ののち、遣隋使を通じて中国の文化が入り、数々の律令が制定された701年とされています。
  • このように、「証印を押す」とは

    第一に、本物であることを証明するためです。
    第二に、自分の所有を示すために印を押します。○○蔵書という印を本の表紙の裏などに見たことはありませんか。砂川市の図書館で本を借りると、本の背表紙以外の場所に蔵書という印が押されています。これは砂川市図書館の所有のものですということを示しています。
    第三に、あるものを完全に管理し保管するために封印をします。一度はがすと、はがしたことがわかるシール、あるいは封書ハガキといって、一度はがすと再びもとに戻らないようになっているハガキがあります。大切なお知らせのハガキ、請求書や領収書、あるいは個人情報を含む書類の未開封または開封済みの判別を示す封書、それはその他の者がそれを開くことを防止する効果があります。最近、特にこの種の種類が多いです。私たちの個人情報を守るために考案されたものです。

    これらの三つの意味を総合して、私たちの救いに当てはめてみるとこうなります。聖霊によって証印を押されるとは、神ご自身が、私たちが正真正銘、神の子どもであることを証明し、私たちが間違いなく神の所有(もの)であることを証明し、神の子とされた私たちがこの地上生活におけるあらゆる危険や誘惑から守られることを保証され、将来的には完全な御国を相続するという保証を意味しています。

  • ただし、この祝福をいただくためには、「救いの福音を聞いて、それを信じる」ことが条件です。当初は、まずユダヤ人がこの聖霊の証印をいただきましたが、今や、すべての人が福音を聞いて信じるなら、同様の祝福を受けることができるようになっているのです。この「聖霊による証印を押されること」と、前回学んだ「御国を受け継ぐことが保証されること」とは同義なのです。

2. 御国を受け継ぐ保証

(1) 保証ということばが意味するもの

  • エペソ人への手紙1章14節には「聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証であられます。これは神の民の贖いのためであり、神の栄光がほめたたえられるためです。」とあります。「保証」ということばは新約聖書では3回使用され、いずれもすべて聖霊について用いられています。
  • 「保証」ということばが意味することは「婚約指輪」です。婚約指輪はやがて結婚するという約束の保証です。今はまだ正式な意味では結婚はしていませんが、結婚という愛のかかわりがすでに今や始まっているという意味です。キリストと教会との関係も花婿と花嫁の関係として深い愛のつながりをもっていますが、完全な意味で結婚するのはキリストが再臨(=空中再臨)されてからのことです。今は婚約時代ですが、やがて結婚の時が来ることを喜び、そのための準備をして良いのです。なぜなら、そのことが保証されているからです。
  • 「保証」ということばのもうひとつの意味は、売買における「頭金」「手付け金」「内金」を表します。子どもが親の財産を受け継ぐように、神の子とされた者はやがて神の国を相続します。しかし地上にある間は、神の国の祝福のすべてを体験することはできません。とはいえ私たちは、この地上でも聖霊によって救いの喜びや神からの平安をいただくことができます。それらは神の国の祝福の一部分で、残りのすべては聖霊をいただいている私たちには保証されているのです。やがて、私たちは御国を受け継ぐのです。つまり、神ご自身という嗣業、相続財産、宝、資産をいただくのです。その保証として、内金として、手付け金として聖霊が与えられているのです。―「聖霊は私たちが御国を受け継ぐ保証なのです。」
  • 聖霊による完璧なセキュリティーによって「御国を受け継ぐ」ことが保証されているのです。御子イエスも弟子たちのために御父に祈られました。ヨハネの福音書17章12~15節。

    「わたしは彼らといっしょにいたとき、あなたがわたしに下さっている御名の中に彼らを保ち、また守りました。彼らのうちだれも滅びた者はなく、ただ滅びの子が滅びました。それは、聖書が成就するためです。わたしは今みもとにまいります。・・・彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします。」

    この祈りの結果として、聖霊が与えられました。
  • 神の民がどんな中にあっても見捨てられることなく、神ご自身が神の民を守られることは、旧約時代にも預言者を通して語られていました。これは神の恵みです。

(2) 聖霊による保証の目的

  • 聖霊による証印の保証の最終的な目的はなんでしょうか。それは、第一に、神の民の完全な贖いのためです。そして第二に、神の栄光がほめたたえられるためです。

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