****** 詩篇は、神と私たちの生きた関係を築く上での最高のテキストです。******

自分の弱さを喜んで誇れる謙遜

6. 自分の弱さを喜んで誇れる謙遜

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はじめに

  • 「謙遜への招き」シリーズ第6回目です。前回は、謙遜を喪失させる高ぶりの罪について取り上げました。預言者イザヤは「神は、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。(そして)へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである」と語っています。神はへりくだった人と共に住みたいのですが、その前に「心砕かれる」必要があります。人の何が砕かれなければならないかといえば、それは私たちの心にある「高ぶり」(高慢さ)、あるいはプライドといってもよいものなのです。
  • この高ぶりこそ私たちを罪ありとする最も深いところにあるものです。「神は高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。」と聖書が記しているように、神は高ぶる者を退け、そして敵対される方でもあるのです。神に敵対されることほど恐ろしいことはありません。なぜなら、勝ち目はないからです。神は高ぶる者に対して、きびしい報いをされる方なのです。箴言16:18にも「高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ」とあります。
  • 今朝は、神ご自身が選ばれた使徒パウロが高ぶって破滅し、倒れてしまうことがないように、神は恩寵として、彼の肉体にひとつのとげを与えられたという聖書の箇所を取り上げながら、私たちが「自分の弱さを喜んで誇れる」ような、そんな謙遜をもって生きることができるように、みことばから学びたいと思います。聖書のテキストはⅡコリント12:9節後半と, 10節です。

    「私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱い時にこそ、私は強いからです。」


1.  パウロのいう「弱さ」とは

  • この聖書のテキストには「弱さ」とか、「弱い」ということばが3度出てきますが、実は、その前にもう一つあります。主が語られたことばとして、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」(9節前半)と繰り返されています。
  • ここでいう「弱さ」とはいったいなんのことでしょうか。12章1節から読んでいきますと、パウロに対して啓示された事柄―パラダイスに引き上げられて、人間には語ることを許されていない、口に出すことのできないことばを聞いた経験ーが、あまりにもすばらしいことであったようです。そのために、神はパウロが高ぶることのないようにと肉体に一つのとげが与えられました。
  • この「肉体のとげ」が何を意味しているのか、いろいろな説があります。たとえば、ガラテヤ人への手紙は口述筆記で書かれました。最後にパウロは自筆で署名していますが、おそらく書くことに不自由をきたしていたのではないかと言われています。たしかに、パウロはそれまで石打ちにあっていますので、当たり所が悪くて指のどこかを痛めてペンを持つことができなかったということが考えられます。ある人はここでのとげは「目の病気」ではなかったかとも言っています。あるいはその目の病気のために顔が醜い顔になっていたのではないかと憶測する説もあります。しかし、いずれにしても、「とげ」は痛いわけですから、それを一刻も早く取り除きたいというのが心情です。
  • とげとなる肉体の痛みーそれがなんであったのは実ははっきりとは分からないのですが、とげは痛いわけですから、パウロは主にこのとげを取り除いてくださいと祈ったのです。そうすればもっと神様のために働けますから。どうぞ取り去ってくださいと三度も嘆願しました。しかし神はそのとげを取り去って下さいませんでした。三度も・・・です。しかし、主の答えは意外でした。「わたしの恵みは弱さの中に完全に現される」という返答でした。つまり、弱さの中にこそ、主の恵みと御力はさらにまさって示されるというのです。パウロはそのことを受けとめたのです。

(1) 「三度も」ということばが意味するもの

  • 聖書には「三度」ということばは意外と重要な意味合いをもっています。パウロが願いはなぜ何度でもなく「三度」なのでしょう。イエスのゲッセマネの祈りのときにも、十字架を前にしてイエスは御父に祈りました。どうしてもこの杯―十字架による身代わりという手段―を飲まなければならないのですか。他の方法はないのですかと、イエスは三度御父に祈っています。そして三度ともイエスの祈りには御父は答えられませんでした。答えられなかったということが答えなのです。つまり、その「杯」を飲み干すことを通してしか人類の救いがないということです。イエスは三度祈ってそれが御父のみこころだと受けとめ、それから敢然と自ら、十字架に向かって行かれたのです。
  • 他にも、三度ということばが旧約聖書の中にも新約聖書の中にも出てきてとても勉強になるのですが、ここは聖書研究の場ではないので、残念ながら割愛しますが、新約聖書に「三度」ということばが出てくるところを簡単に見てみますと、
    • イエスが十字架にかかられる前に、弟子のペテロにこう言います。「あなたはわたしを三度知らないと言うでしょう。」と。ペテロはそれを否定しますが、その通りになります。後にイエスが復活したあとで、イエスはペテロに尋ねます。「わたしを愛するか」と。三度も、です。
    • 同じくペテロは屋上でうたた寝していると、天から大きな敷布のような入れ物が降りてくる夢を見ます。すると主が「その敷布の中にいる動物、はうもの、空の鳥をほふって食べよ」と言われたのです。ペテロは「それはできません。私は一度もきよくない物や汚れた物を食べたことはできません。」すると主は「神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない」と言いました。そんなやりとりが三回あって、その入れ物は天に引き上げられました。(使徒10:16, 11:10)
  • パウロの生涯にも節目となるような特別な三つの「夜」があります。しかしなぜ「三度」なのでしょう。なにか共通するものを感じませんか。イエスのゲッセマネの祈りにおける「三度の祈り」、ペテロに対して三度「わたしを愛するか」と迫ったイエス、そして「食べなさい、食べることはできません。神がきよめた物を、きよくないといってはならない」という主とペテロの三度のやりとり、そして今朝のパウロの肉体のとげを取り去ってくださいという三度の嘆願・・・ここになにか共通項がないでしょうか。
  • 旧約の例としては、モアブの女ルツに対して三度、ナオミは彼女に対して自分と別れてモアブに帰るようにと促しますが、ルツはこれを三度とも拒んで、姑から離れなかったという例があります。
  • 私はこの「三度」、「三度も」ということばの中に、重要な事柄について、相手もまた自分も「納得するまで」という意味合いがあるような気がします。事の重要性を正しく受けとめさせるという神の配慮がそこに隠されているような気がします。
  • 使徒パウロは、最初、自分に与えられた肉体のとげをなんとか取り去ってほしいと祈るのですが、繰り返して祈る中で、何かを悟ったに違い有りません。

(2) 謙遜への二つの段階(プロセス)

  • 多くのキリスト者は神の「謙遜への導き」において二つの段階を通ります。最初の段階は、自分を謙遜に導くようなすべてのものを恐れて、そこから逃れることを求めます。そこから解放されることを求めるのです。そのためには熱心に神に祈りもします。ですから、「私は大いに喜んで私の弱さを誇ります」とは言えないのです。「弱さ」は自分にとって重荷であり、束縛であり、なにか自分の足をひっぱるようなものと感ずるからです。とてもとてもパウロが言うように、「私は・・弱さ・・に甘んじています」とは言えないのです。ですから、三度もそれを取り去ってくださいと祈るのです。
  • ところが、「三度」ということばには、単なる数字的な回数というよりは、何かしら、突き抜けさせる意味合いがあるのです。つまり、より深い神のみこころが存在しているという悟りです。新しい受け止め方です。パウロはそこに到達したのです。そして主の静かな御声を聞いたというよりは、聞こえたというほうが正しいかもしれません。「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」という声をパウロが聞いたときに、彼ははじめて「私は大いに喜んで私の弱さを誇ります」「私は・・弱さ・・に甘んじています。」ということが言えたのではないかと思います。とげから解放されるのではなく、その中にいることを喜んだのです。その場所こそ、祝福の場所であり、力の源泉、喜びの源泉となることを悟ったのです。弱さ、束縛、屈辱といったものはすべて私たちをへりくだらせるものですが、主の謙遜への招きは、こうした二段階のプロセスを通るようです。
  • 最初の段階は、私たちをへりくだらせる弱さを取り除き否定しようとするプロセスです。そして次の段階は、私たちをへりくだらせる弱さを受け入れるプロセスです。この段階に来て、私たちは高ぶりから守られるのではないかと思います。
  • 私たちと神との親しいかかわりを破壊してしまうのは高ぶりです。その高ぶりから私たちを守るものは、謙遜、へりくだりです。神は先行的恩寵をもってそこに私たちを留め置くことをさせるのです。パウロの場合には、「肉体の一つのとげ」でした。パウロがそのことに同意するためには「三度の嘆願」を通らなければなりませんでした。 ペテロの場合にはいくら神がきよいと言っても、自分がこれまできよくないとしてきたものを受け入れるためには、「三度のやりとり」を通らなければなりませんでした。ペテロの場合のやりとりは、実は異邦人を受け入れという神の導きだったのです。そのためにペテロは不思議な経験をさせられます。使徒の働きはそのために実に2章も割いているのです。
  • 私たちに対する神の「謙遜への招き」、「へりくだりへの招き」はそう簡単なことではないようです。

2. 弱い時にこそ、強いという逆説を生きる

  • 「弱さ」ということばが多く出てきていますが、「弱さ」ということばがあるということは、その反対に「強さ」というもうひとつ反対の面が存在しています。聖書は「強くなくていい、弱くていい」というメッセージはありません。「強くあれ、雄々しくあれ」というのが聖書のメッセージです。しかし、その「強さ」は私たちの力で、頑張りで得られるものではなく、「主にあって、強くあれ」なのです。
  • 福音書では、「弱さ」(weakness)を「病気」(sickness)という意味で使われています。それは、肉体的な故障や欠陥、肉体的な痛み、肉体的不自由さのゆえに、社会的に疎外されることを余儀なくされている現実があったからです。しかしパウロ書簡では、そうした社会的に疎外されている弱さではなく、人間そのものが「弱さ」をまとっているという言い方をしています。私たちの大祭司である御子イエスも肉体という「弱さ」をまとっていてがゆえに、人の「弱さ」に同情できない方ではないと述べています。たとえば、弱さを持つ人間は、試練においては不安や恐れを抱きます。精神的ストレスにさらされると肉体にも支障をきたします。また人間は霊的な事柄について理解する力を持てない弱さを持っています。自分がどのように祈ってよいかわからない、神のみこころにそってどう祈ってよいかわからないという意味です。祈りの人パウロでさえもそのように言っているのです。―だから、御霊がとりなしてくださるという恵みの手段が与えられているわけですがー。旧約の信仰の偉人と呼ばれる人々も、本来は、こうした弱さをもっているにもかかわらず、強くされたのです。
  • このように、人間は肉体的にも、精神的にも、また霊的にも、「弱さ、アスセネイアάσθένεια」をまとっている存在なのです。パウロの視点は、人間はすべて弱さをもっているという事実から出発しています。
  • あえてパウロが「弱さを誇る」(弱さを自慢する)と言っているのは、その当時、強い者は善なる者、価値ある者であり、弱い者は悪い者、価値なき者という社会的なレッテル―ギリシャ的エロスの人間観―が背景にあると思われます。ギリシャ文化においては、勝者は強い者、敗北者は弱い者という価値観があったのです。ギリシャ的文化を象徴する最も良い例は、オリンピックがギリシャからはじまったことです。よりすぐれた者、力ある者が勝者として賞賛される世界です。
  • 使徒パウロはこのような文化的な背景にあって、自分の「弱さを誇る」と繰り返し語っているのです。Ⅱコリント11:30、12:9 「誇る」というのは自慢することですから、パウロ自身は自慢することはよいことではないけれども、あえて、自慢するというなら、と語っているのです。
    「もしどうしも誇る必要があるなら、私は自分の弱さを誇ります。」(Ⅱコリント11:30)
    「私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。」(同、12:9)
  • なにゆえ、パウロはあえて「弱さを誇る(自慢する)」と言っているのでしょうか。それはー
    (1)「わたしの力は弱さのうちに完全に現われるために」
    (2)「キリストの力が私をおおうために」
  • キリストの力が弱さのうちに完全に現されるとどうなるのでしょうか。キリストの力が私たちをおおうとどうなるのでしょうか。そうです。「強くなる」のです。自分が弱い存在であることに同意するとき、はじめてキリストの力が私を覆って、強くされるのです。これが「弱い時にこそ、私は強いのです」というパウロの宣言するところなのです。パウロが「弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじている」ということのできたのはなぜか、それは、彼がキリストにあって「弱い時にこそ、私は強い」ということが現実として体験させられたからです。つまりキリストにある真の強さの秘訣をここで述べているわけです。
  • 強いことは必ずしも悪いことではありません。特に、信仰の強さは聖書が勧めていることです。「アブラハムはおよそ百歳にもなって、自分のからだが死んだも同然であることと、サラの胎の死んでいることとを認めても、その信仰は弱りませんでした。反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し・・・」とあります。「信仰の薄い人。なぜ疑うのか」と主から叱責を受けたペテロがいます。信仰が強くなることは神が喜ばれることです。しかし、パウロは教会の中では「信仰の弱い人を受け入れなさい」とも言っています(ローマ14:1)。また「力のある者は、力のない弱さを担うべきです。自分を喜ばせるべきではありません。」(ローマ15:1)とも言っています。
  • ここには、強い者が善い者であり、弱い者が悪い者だという価値観で語られているのではないことに注意しなければなりません。なぜ、パウロが「力のある者は、力のない弱さを担うべきである」と言っているのかというと、パウロの言い分は「からだの中で比較的弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないもの」だからというのです(Ⅰコリント12:22)。つまり、「からだの中に分裂がなくーつまり、調和することー、各部分が互いにいたわり合うため」に弱いとみられる器官がなくなてならないのです。そこにはいたわりの思いが比較的弱い見られる器官によって啓発され、からだ全体に調和をもたらすことになるとパウロは指摘しているのです。強い器官も弱い器官も互いにその存在を認め合うことによって、調和がもたらされるという考え方です。強い者だけ、弱い者だけでは、その調和をつくり出すことはできません。みなさんも経験したことがあるように、自分自身のからだの中で弱い部分(痛む部分)があると、自然とそこをかばうような姿勢や動きをするものです。
  • 「健康傲慢」ということばを聞いたことがあります。すべて健康で悪いところ全くなしの人は、病気の人がなかなか理解できません。そして病気の人を蔑(さげす)むようになります。人間は本来、弱いのだということを受け入れられません。
  • ここ日本の戦後50年は「右肩上がり」の社会をつくってきました。戦争に負けてみじめな思いをし、欧米に追いつけ、追い越せと頑張ってきました。これを社会心理学的に言うならば(かなり単純化して話しますが)、その50年間はある意味で「躁状態」です。すべてが強くあることを目指して一所懸命に脇目もふらず生きてきました。しかし、1990年代に入ってバブル時代を迎えた以降は、日本は「右肩下がり」の社会となりました。右肩下がりというのは、社会全体が「うつ的状態」になってくるということです。事実、今、多くの人々がなぜかうつ状態になっています。躁状態が良くて、うつ状態が悪いのでしょうか。違います。躁状態の時には人間の弱さがあっても気付かなかっただけです。しかし、社会が右肩下がりの状態になってくるとそれまで隠されてきた弱さが顕著に顕われてきただけのことです。弱くなったのではなく、もともとあった弱さが顕われてきただけのことです。
  • 右肩上がりの時の躁状態の時には弱さを出すことはできませんでした。社会全体が強くあることが良いことだとしていたからです。しかし、人間には躁も欝も両面併せ持っています。確かに、多くのことを成し遂げるときは躁状態であり、逆に欝状態のときにはなにをしようとしてもうまくいきません。躁と鬱は精神のバランスが崩れている状態であって、本来、人間の中に併せ持っているのです。躁状態が善で、うつ状態が悪であるという善悪の価値はありません。いつまでも躁状態が続くことはできません。また逆にいつまでも欝状態が続くこともないのです。躁時代に作られたさまざまな社会のシステムは、欝時代に通用しなくなります。欝時代に必要なシステムが求められます。日本は今そのバランスを取るための知恵が求められている時代です。
  • ところで、「高ぶり(高慢)」は躁状態のときにも、うつ状態のときにも私たちを支配しようとします。躁状態の時の高ぶりは、人を人とも思わなくなり、傍若無人にふるまい、人を言葉や態度で傷つけ、人をさばき、人に多くの迷惑をかけます。逆に、うつ状態の時の高ぶりは、外ではなく、自分の方に向けられて、無力さのゆえに自分自身を苦しめます。そしてその無力さの中でもがき苦しみます。その苦しみのために自殺を図る人も多いのです。高ぶりは私たちが躁的なときも、うつ的なときにも共に働いて、さまざまなかかわりを弱め、神とのかかわりをも弱めてしまいます。
  • パウロの言う「弱さを誇る」とは、単に「弱いことを自慢する」ということではなく、私たちはみな本来、神の前において被造物でしかないこと、神の助けなしには、神の支えなしには、きわめて「弱い存在」であることを自覚することなのです。自分が「弱い存在であること」を自分に言い聞かせることばだと理解すべきです。
  • パウロが人と比べてとてつもない祝福にあずかったために、彼が高ぶらないようにと、神はパウロに対する恩寵として、肉体にひとつのとげを与えられました。「とげ」を実際に与えたのはサタンの使いなのですが、神はそれを許容し、それをパウロが高ぶりから守るための、いわば「高ぶりの歯止め」とされたといえます。パウロは三度もそれが取り去られるように祈りましたが、聞かれませんでした。聞かれなかったということが神の恵みだったことに、彼はやがて気づいたのです。もし彼がすばらしい経験をしたことで、高ぶるようなことがあれば、それは破滅への道をいくようなものです。パウロは「肉体のとげ」の中に、神の先行的恩寵を見、そこにとどまることができました。その表現が「自分は弱さを誇る」となったのです。
  • 繰り返して言いますが、当時のコリントの町を支配していた社会的背景は、ギリシャ・ローマ的な文化です。その文化は、強いことは善であり、弱いことは悪であるという価値観が支配していた時代です。そうした社会的価値観の中で、決して、ハッタリや痩せ我慢ではなく、彼は「自分の弱さを誇る」という表現で、神の前にある人間はすべて「弱い存在」であるという考えを示したのです。この受けとめがきわめて重要なのです。
  • キリストでさえも、肉体を持ったこと自体、弱さを身にまとったとパウロは言っています。私たちが肉体的存在であるということがそもそも「弱さ」をまとっているということなのです。しかし神の恵みはそうした弱さのただ中にも、十分なほどに、余りあるほどにご自身の恵みを現わしてくださる方なのです。

最後に

  • クリスチャン作家の三浦綾子さんは病気の展覧会みたいな人で、若いころから、次々といろいろな病気にかかった方です。体調が良いとは言えないときでも、彼女は夫の協力を得ながら口述筆記で多くの作品を意欲的に作られました。ある本で、私は三浦綾子さんが自分の病気についてこう語っているのを読んだことがあります。
    「私は、こんなに多くの病気にかかって、神様は自分をえこひいきしているのではないかと思います。」
    とても不思議な発言ではないでしょうか。なぜ彼女をして「神様が自分をえこひいきしている」と言わせたのでしょうか。それは、彼女が言うには、「私は病気を一つするたびに、一つずつ新しいことを学んだ。すばらしい恵みを受けた」と受け止めているからです。
  • 病気になっても頑張りますという人はいますが、それとは格段に違うような気がします。彼女のことばは神への信仰から来ています。つまり、神は真実で良い方であるという信仰です。確かに、彼女の病気は彼女の肉体を弱めましたが、彼女の精神をむしばむことはできませんでした。彼女の病は神から来る霊的ないのちを彼女から取り去ることはできませんでした。「外なる人は衰えても、内なる人は日々強められ」て行ったのです。病は確かに外なる人を衰えさせますが、彼女のうちに与えられた神への信仰は、彼女をより強くしていったのです。
  • そんな彼女の存在は私たちにとって励ましです。彼女の作家としてのエネルギーはいったいどこから来たのか、旭川の三浦綾子記念館に行ったときには、ぜひそこに注目して、学んでほしいと思います。


2011.3.6


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