****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

良い死を迎えるために

第23日 「良い死を迎えるために」 

キリスト者の「アート」

はじめに

  • 前回は、

    ヘブル人の手紙の12章1節
    こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を、忍耐をもって走り続けようではありませんか。

から、「走る」というキーワードを選んでお話をいたしました。「走り続ける」とは「信仰活を完走する」、「キリストを信じる生涯を果たす」ということです。信仰の生き方を走り抜くということ、人生の最後の最期まで信仰を貫き通すということです。

  • 今朝は、同じく、走るのですが、永遠に走り続けるのではなく、競争には必ず決勝点、ゴールがあるという事実です。マラソンでも、それ以上に過酷なレースと言われる「トライアスロン」(水泳、自転車、マラソン)という競技がありますが、そうしたレースでも、必ず、ゴールがあります。そのゴールに向かって選手はひたすら走り続けるわけです。もし、ゴールがなかったとしたらどうでしょう。考えるだけでも恐ろしいことです。ゴールがあるからどんなに過酷なレースであっても走ることができるわけです。ゴールがなければ苦しいレースを永遠にすることになります。ゴールがあるということは、ある意味で恵みだと言えます。
  • ところが、私たちの決勝点とは目指すべきゴールは「死」を意味します。どんな競技にもゴールがあります。そのゴールを目指してひたすら走り続けるわけです。ゴールがないと思う人は誰もいません。必ず、ゴールという到達点があることを信じて走っているわけです。
  • 私たち人間だれにでも、死というゴールが間違いなくあります。たとえそのゴールの地点が多少、近かったり、遠かったりすることはあっても、です。ところが、多くの人々はこの死という現実を太陽と同様、直視しようとはしません。謎です。なぜ、死という事実に目を向けようとしないのでしょうか。それは、「死」を恐れているから。死の先に何があるかが分からないからです。
  • 人間の死に方は実に様々です。若くして死ぬ人もいれば、年をとってから亡くなる方もいます。急に亡くなる方もいれば、徐々に死を迎える方もいます。非常に安らかな死もあれば、壮絶な苦しみ悶えてなくなる方もいます。病気で亡くなる方もいれば、思わぬ災難で亡くなる方もいます。
  • このように死に方は様々でも、確実なことは、人間必ず死を迎えるということです。果たして、百パーセントの確実さで訪れる自分の死に対して、あなたは備えを持って生きているかということです。

1. 死という現実に直面した一人の医師

  • 今朝のテーマは「良い死を迎える」という説教題にもありましたように、「死」です。「死の現実にしっかりと向き合う」ということは、「いかによりよい生を生きるか」という問いと密接なかかわりをもっているのです。「良い生を生きる」ことと「良い死を迎える」こととはイコールなのです。
  • 皆さんは、日野原重明という医師をご存じだと思います。聖路加病院(キリスト教、ミッション・ホスピタル)の名誉院長、理事長(つまり経営最高責任者)、且、現役医師。 1911年生まれ (98歳) 牧師家庭に育つ。著書『死をどう生きたか』 ー私の心に残る人びとー(中央新書)
  • 日野原重明氏が72歳の時に書かれた「死をどう生きたかー私の心に残る人びとー」という(中央新書)本があります。彼が臨床医として務めた40年余りの間に、死をみとった600名の中から、印象深かった人たち21名の死を取り上げて、一冊の本となっています。その最初に登場する方の死を通して、日野原氏が医師としてどのように死という現実と真剣に向き合うようになったか、その契機ともなった16歳の少女のことが取り上げられています。それをご紹介したいと思います。

    ちなみに、医師の日野原重明氏は聖路加病院の名彼が医学の道を進み、京都大学の医学部を卒業して最初に勤務した病院で最初に受け持った患者が16歳の結核を患った少女でした。父親がなく、母親がこの娘の入院費や生活費を稼ぐために、娘の病気の世話に来院して付き添うことが難しく、二週間に1回くらいの割で、それも日曜日に見舞いに来るのが精一杯でした。

    主治医の日野原氏は、日曜日は教会の礼拝のために、日曜だけは医師の仕事を休んでいました。ところが、この16歳の娘はよく日曜日になると不思議と高熱と腹痛になっていたのです。あるとき日野原氏は、彼女が「日野原先生は日曜日だけはいつも病院に来られないのよ」と寂しそうに話していた、ということを同僚の医師から聞かされました。

    ある日曜の朝、彼女の容態は早朝からひどく悪化し、嘔吐が続き、日野原氏が連絡を受けて病棟に駆け付けた時には、腸閉そくを起こしてひどく苦しんでいました。彼女の苦しみを止めるにはモルヒネ注射しかないと判断して、普通の二倍の量を注射しました。
    ―当時、痛みに対して、モルヒネ剤を注射すると習慣性になり、いざというときに、きかなくなると理由で、あまり効果のない鎮静剤を注射していた。これは当時の常識であったようで、病気がいよいよひどくなって死が迫っていても、医師は、あたかも患者があと何十年も生きる望みがあるかのように、モルヒネ剤の注射をくりかえすことを拒むことが多かったといいます。―

    彼女の苦しみが収まるのを願って、彼女の脈拍を数えながら、「今日は日曜日だから、お母さんが午後から来られるから頑張りなさいよ」と激励しました。モルヒネが効いて、彼女の苦しみは軽くなったとき、少女は大きな目を開いてこう言いました。
    「先生、どうも長い間お世話になりました。日曜日にも先生に来ていただいてすみません。でも今日は、すっかりくたびれてしまいました。」といって、しばらく間をおいた後、またこう続けました。「私は、もうこれで死んでゆくような気がします。お母さんには会えないと思います。・・・先生、お母さんには心配かけつづけで、申し訳なく思っていますので、先生からお母さんに、よろしく伝えてください。」
    彼女はそのように頼んで、医師である日野原氏に向かって合掌しました。

    日野原氏は、弱くなっていく脈を気にしながら、死を受容したこの少女の私への感謝と訣別の言葉に対して、どう答えてよいかわからず、「安心して死んでいきなさい」などとはとても言えず、「あなたの病気はまたよくなるのですよ。死んでゆくなんてことはないから元気を出しなさい。」と言いました。その途端に、彼女の容態は急変し、血圧はひどく下がり、眠ったようになりました。彼は彼女の耳元に口を寄せて大きく叫びました。「しっかりしなさい。死ぬなんてことはない。もうすぐお母さんが見えるから。」と。しかし、彼女は無呼吸になり、永遠の眠りにつきました。

    日野原氏が40年余り、臨床医として600名余りの死をみとった患者の中で、これが彼にとっての死と向き合った最初の経験でした。後に、彼は次のように述懐しています。なぜ、「安心しなさい」と言えなかったのか。「お母さんには、あなたの気持を十分に伝えてあげますよ。」となぜ言えなかったのか。脈をみるよりも、どうしてもっと彼女の手を握っていてあげなかったのか、と。

    この経験から、日野原氏は自分か担当する患者が重い場合には、日曜日でも、必ず、病院に出かけて患者を一度診ることが習慣化したそうです。彼は言います。「死を受容することは難しいと思う。しかし16歳の少女が、死を受容し、私に美しい言葉で訣別したその事実を、私はあとから来る若い医師に伝えたい。

    医学が、看護が「アート」(芸術)であるということは、このような死に対決できる術を、医学や看護に従事する者が持つことをいうのではなかろうか。ここでいう「アート」というのは、いのちの質を大切にすることを意味している。19世紀以降、サイエンス(科学)が突出してきたため、医学はサイエンスの学問だと思われているが、本来の医学はアートなのだというのが彼の主張です。彼の言う「アート」とは、人のいのちを延ばすだけの医学ではなく、いのちの質を問う意味での医学のことです。救命、延命の医学を、もう一度いのちの質を問う医学、看護として再発見すべきだというのが医師である日野原氏のテーマともなっていますが、そうしたことへの気づきを与えたのが最初に経験した16歳の少女の死だったのです。

    癒すことはときどきしかできなくても、和らげることはできる。病む人の心の支えとなることは、いつでもできることではないか。それを私たちはやっているのか。そのための時間を患者に与えているのか。・・・という自問が記されています。その自問は、同時に、良い生とは何なのか。良い死を迎えるとはどういうことか。・・という問題意識へと発展していきます。


2. 死を意識した生

  • 「良い死」を迎えるためには、「良い生」を生きる必要がありますが、その「良い生」を生きるためには、「良い死」を迎えることです。では、「良い死」を迎えるためには、どうすればよいのでしょうか。一言で言うならば、「死を意識した生」ということばで表わすことができます。聖書の箇所(ヘブル12章2節)は、ゴールを目指して走る私たちの生き方を今日の私たちにひとつのヒントを与えてくれそうです。
    12:2.「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに はずかしめをものともせずに、十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。」
  • この2節には、「死」という言葉はありませんが、「十字架」ということばが死を意味することばです。ちなみに、今回(今更ながら)、はじめて知ったのですが、ヘブル人への手紙にはなんと22回、「死」という文字が出てきます。しかもキリスト者の死生観に大きく与えるものがその中にあるのです。
  • 私たちの前に置かれている競走を、忍耐をもって走り続けようではありませんか。」と書いたヘブル人への手紙の作者は、そのモデルとして、「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」と勧めています。ここで「目をはなさないで」と訳されたもともとのことばは「アフォラオー」とても重要で、このヘブル人への手紙全体のキーワードです。その意味するところは、「イエスだけを見つめながら、私たちの目をイエスに固定して、目を注ぐ」ということです。私たちの心を散らす一切のものに目をそむけて、ただ、イエスにのみ目を注ぐという生き方です。
  • 「目」というのは、私たちの体の一部分ですが、聖書において「目」という場合には、存在の全体を表わします。イエスは言われました。「からだのあかりは目です。それで、もしあなたの目が健全なら、あなたの全身が明るいが、もし目が悪ければ、あなたの全身が暗いでしょう。」(マタイ6:22~23)
  • ですから、私たちの目をイエスに注ぐということは、私たちの存在すべてを持ってイエスとかかわるということです。
  • ところで、私たちが目を注ぐべき当のイエスが、どんな生き方をしたかということが問題です。そもそもそ主イエスは自分の死をどのように受け止めておられたのでしょうか。一言で言うならば、イエスはまさに「死ぬために来られた」ということです。死めために誕生されたということです。自分の死が意味あるものとなるために生きられたということです。だれのために? というならば、それは「私たちのため、いや、あなたのため」です。
  • さて、いよいよヘブル書の「死」について言及されているところを引かなくてはなりません。その第一にあげたい箇所は、ヘブル 2章14~15節です。

    14 子たちはみな血と肉とを持って いるので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、
    15 一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。

  • 上記の聖書箇所には、イエスがなぜ受肉されたか、人となって来られたかという目的が記されています。
    「子たちはみな血と肉とを持って いるので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました」、・・・これは〔受肉の事実〕です。その受肉の意味するところは、「その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。」
  • 別の箇所では、イエスが私たちの同じ肉体をとってこの世に来られたのは、「多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」と記されています。ここにいう「贖いの代価」とは、買い戻すための代価です。その代価とは、「イエスご自身のいのち」です。神の独り子なるイエス・キリストの命と引き換えに、敵である死の支配者であるサタンの手から奪い返すそのために来られたのです。
  • 私たちは神に対して罪を犯したために、その結果、死が私たちを支配するようになりました。
    「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」(ヘブル 9章27節)とするこの歴然とした事実、聖書がいうこの事実を私たちは信じなければなりません。この事実はなんと恐ろしいことでしょう。一度死ぬことはだれでも分かっています。しかし、死後に自分のしたことすべてにおいて神によってさばかれるときが来るのです。その裁きの時にだれが弁護してくれるのでしょうか。死後のさばきのときに私たちのすべての罪を訴えようとするサタンの告発に、だれが弁護人となって立ってくれるでしょうか。「この者は神が送られた唯一の救い主イエス・キリストを信じたので、すでにいのちの書に名が記されています。この者の罪はすべてすべて清算されています。」と弁護してくれる方がいるのです。この方こそ、イエス・キリストです。ですから、死という現実に直面しても恐れることがないのです。死の向こうになにが待っているか、知っているのです。永遠の死ではなく、永遠のいのち、つまり神との永遠の愛の交わりが待っているのです。死はそのスタート点なのです。では、この世での人生はなにを意味するのかというならば、その予行演習をしているようなものです。
  • 人によってどのくらい生きるか、その寿命は分かりません。しかし、私たちはやがて迎える本当のいのち、つまり死の向こうにある新しい歩みのために備えることができます。それがこの世での当られた人生です。死というゴールは、私たちがどのように生きてきたかの総決算であると同時に、死を越えたとこにある世界に生きるためのスタート地点なのです。
  • イエスはそのことに目が開かれていたので、12章2節にあるように、「ご自分の前に置かれた喜びのゆえに はずかしめをものともせずに、十字架(の死を)忍ぶことができたのです。そしてその結果として、「神の御座の右に着座されました。」これを別のことばで表現しています。
    「イエスは、死の苦しみのゆえに、 栄光と誉れの冠をお受けになりました。」 (ヘブル 2章9節) 「神の御座の右に着座されましたとは、「栄光と誉れの冠をお受けになりました。」と同義です。このことは、「イエスの死によって、悪魔という、死の力を持つ者が滅ぼされ、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださったことの確かな結果なのです。これはものすごいグッド・ニュースです。「死を恐れることなく生きる」者と「死の恐怖につながれて生きる者」その違いは、イエス・キリストの事実を信じるかどうかにあります。
  • 先日、NHKで物理学の領域で大発見をしてそれまでの定説を翻した方が、志半ばにしてガンになり、死を突き付けられたドキュメタリーが放映されました。科学では絶対に解明されないない死という現実、それに直面して無力さに打ちのめされた科学者の記録でした。輝きはありませんでした。そこに神の放つ輝き、神の救いのアートはありませんてせした。
  • どんな頭が良くても、死という力に呑み込まれます。無力なのです。それに勝利することはできません。それに勝利することのできるのは、イエス・キリストを仰ぎ見る者です。イエス・キリストを信じる者にのみ、死に対する勝利が与えられます。

3. キリスト者のアート(神の作品)

  • 私たちはイエス・キリストの血潮によって、すでに、死を司る支配者から支配者から解放されています。すてに死の恐怖から救われています。私たちはキリストにすでに贖われた者、神の所有の者とされたのです。神の所有ですから、神が支配権をもっています。神が責任をもって生かしてくださるのです。ですから、神によって、「今、私は神によって生かされているのだ」ということを徹底し的に意識して生きることです。
  • 「神によって生かされている人生」ということを、心から信じている人ならば、神が私をいつどのような形で召されたとしてしても、それが自分にとって最善のことなのだと確信できるのです。ヨブ記の有名なことば、「私たちは裸で母の胎から出てきた。また裸で私は帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名は ほむべきかな。」(1:21)
  • このような信仰をもっていることが、「良い死」につながる要件です。日野原重明氏は「医学、看護のアート」ということばを使いました。それは、「いのちの質を問うこと」だとしましたが、イエス・キリストを信じる私たちもそれを文字っていうならば、「生きることはアート」であり、また「死ぬこともまたアート」と言えるのです。そんな生き方ができることをイエスに私たちに保障してくださったのです。ですから、「キリストを信じて生きることは、アート」だと言えます。
  • 「死を意識した(死を見据えた)生を生きるアート」、神を信じる者として、そのアートの描き方は人それぞれかも知れませんが、そこには必ずやいのちの輝きがあると信じます。
  • 自分の「死をどう生きたか」、それは自分では語れませんが、残された者たちの口を通して語らせるような、人の心に残るような生き方を目指して生きたいと思います。

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