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詩11篇/B

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瞑想Ps11/B

◆詩篇11篇で、作者が「どうして、あなたたちは私のたましいに向って言うのか。」と問い、その言った内容が続いて記されています。1節~3節の部分と、4節以降の部分がどのように結びつくのか、この点こそ、この詩篇の瞑想の鍵ではないかと思います。

◆3節の「拠り所がこわされた正しい者に何ができようか」とは何を意味しているのか。新共同訳では「世の秩序が覆っているのに、主に従う人に何ができようか。」と訳されています。LB訳では「法も秩序もあったものではない。こうなれば正しい者は逃げるより手がない」と訳しています。これらのことを考え合わせると、「拠り所」とは、人間の作った法であり、秩序、制度、組織などによって巧妙に作られたセキュリィティ・システムのことを言っているのだと私は解釈します。しかもここでの「あなたたち」とは、悪者どもではなく、これまで自分の同信の友であ り、彼らがそれぞれ安全と思っていた「拠り所」があったのです。それが壊される事態になったとき、鳥のように、臆面もなく、自分の身の安全のためにそれぞれ自分の山に逃げよ、という者たちがいたようです。そのような者に対して作者は、「どうしてあなたたちは私のたましいに向って言うのか」と、失望させられたのではないかと思います。

◆神の民にあっては、生存と防衛の保障はただ<神ご自身>です。また、私たちはやがてキリストとともに相続する財産、嗣業、資産、宝も神ご自身であり、それはだれにも奪われることなく、また消えることも汚れることもなく、神によって守られ、保証されているものです。しかし、神を信じる者たちが、果たして、その保証をしっかりと信じて生きているかが、しばしば、例外なく、神によってテストされるのです。そのことが4節以降の箇所で述べられています。

◆「主は、・・・その目を見通し、そのまぶたは、人の子らを調べる」とあります。ここでの「人の子」とは「正しい者と悪者」の両方含んでいます。「調べる」とは「ふるいにかけてテストする」という意味です。このことを、この詩篇の作者が確信しているところがこの詩篇のすばらしいところです。その調べる目的は、ひとえに私たちひとりひとりが何を拠り所にしているか、あるいは、何を拠り所とすべきかを、正しい者に悪者にも明らかにするためです。

◆3年近くも主に従ってきた弟子のペテロも、このようなふるいにかけられました。ルカの福音書にはこうあります。「シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがた(弟子たちのみんなが) を麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてあげなさい。」(22章31~32節)と。しかし、ペテロはこの主のことばを、そのときは正しく理解することができませんでした。

◆私も、かつて主の前に大きな罪を犯しました。しかし今、私があるのは、ただただ主イエスの恵み(赦し)ととりなしの祈りのゆえです。主の前にひたすら謙遜に歩みたいと思います。

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