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詩12篇/B

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瞑想Ps12/B

◆現実の生活の中で、あるいは主の働きをしていく中で、神はなにも働いておられないように思える誘惑が主を信じる者たちに襲います。聖書に書き記されているような圧倒的な力をもって神が働いているようには思えない。そんな時、神を信じることが馬鹿らしくなるときがあるのです。私もそんな思いにかられたことがしばしばです。神を信じていなくても、世の中には、要領よく立ち回って利益を得ていくような、成功していくような者たちが大勢いる。みんながだましあって、二心をもって、本音と建前を使い分けながら、悪いことでもかまわずに押し通して成功しているのを見ると、心が揺らされます。詩篇10篇、12篇の作者も同じ思いだったのでは、と思います。

◆だれも信じられない! 何を信じたらいいのか? これが詩篇12篇の作者の悩みであり、嘆きではなかったかと思います。イスラエルの民の悩みと叫びを聞いて立ち上がられた主は、今も生きておられます。その方の約束(みことば)は混じりけのない純粋なものです。その約束に信頼するなら、正直者(神を信じる者)が決して馬鹿を見ることがなく、恥を見ることがないようにしてくださるのだ、と確信させられます。なぜなら、神の歴史がその事実をあかししているからです。

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