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詩137篇/B

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瞑想Ps137/B

◆「シオン」、あるいは「エルサレム」は「エレム」の名で登場します(創世記14:18~20)。「いと高き神の祭司」の称号を持つエルサレムの王メルキゼデクは、周囲の敵と戦って勝ったアブラハムを出迎えて祝福しました。

◆紀元前1000年ごろ、ダビデはエブス人の町であったエルサレムを征服してイスラエルの首都と定め、「シオンの要害」とも呼ばれていた町の名前を「ダビデの町」と変えました。

◆息子ソロモンの治世にエルサレムの町は北に向けて拡大し、豪華な神殿が建設されると、聖都としてのエルサレムの重要性はさらに増しました。

◆王国が分裂した後、南王国ユダの首都として繁栄を続けたエルサレムは、BC586年、ネブカドネザルの率いるバビロン軍によって破壊され、神殿は炎上し、上流階級、軍人、職人たちを中心とする多くの民が捕囚としてバビロンの地へ連行されました。その異郷においてはるかかなたのシオン(エルサレム)を思う人々の心を歌った歌が、詩篇137篇です。

◆BC515年、ペルシヤが新たな世界の覇者となったためにバビロン捕囚から解放され帰還を許されたユダヤ人は、エルサレム神殿を再建します。ソロモン神殿に対する「第二神殿時代」の幕開けでした。BC37年、ローマからユダヤ王に任命されたヘロデ大王は、この第二神殿の大規模な改築工事を始めました。しかし、AD67年に勃発したユダヤ人の対ローマ戦争によって、エルサレムと神殿の崩壊(AD70)という結末をもたらしました。132~135年の第二次対ローマ戦争もユダヤ人の敗北に終わりました。おびただしい数のユダヤ人が殺され、奴隷として売られました。

◆その後の二千年間、ユダヤ人は世界中に離散して生活しますが、どこに住もうと彼らにとって本来自分たちが居るべき場所、最終的に落ち着いて住むべき場所、あるいは死後葬られたいと思っている場所は「イスラエルの地」、特にその中心エルサレムなのです。

◆「来年はエルサレムで会いましょう」という歌があります。これは今、世界中のユダヤ人の心を一つにする共通の挨拶となっています。

  • 4私たちがどうして、異国の地にあって主の歌を歌えようか。
    5エルサレムよ。もしも、私がおまえを忘れたら、
    私の右手がその巧みさを忘れるように。
    6 もしも、私がおまえを思い出さず、
    私がエルサレムを最上の喜びにもまさってたたえないなら、
    私の舌が上あごについてしまうように。

◆この詩篇137編はまさに強烈にシオンを慕い、エルサレムを愛する歌なのです。

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