****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

詩21篇/B

Ⅰ/A(1~41篇) | テキストPs21 | 原典テキストPs21 | 瞑想Ps21/A | 礼拝用語Ps21 | 恩寵用語Ps21 |

瞑想Ps21/B

  • 詩篇21篇は前の詩篇20篇とひとつのものだと考えられます。その理由は、神の民が自分たちの上に立てられた王のためにとりなし、王が神を信頼していることを心から喜んでいるからです。詩篇20篇では、苦境に立っている王のために勝利がもたらされるようにと祈っています。詩篇21篇では、王が神の御力を喜び、御救いを楽しんでいるのを見ています。
  • 「喜び」とか「楽しみ」というのは、かかわりのいのち、交わりのいのちのしるしと言えます。神である主は、ご自身が油注いだ王の願いを聞き、歓迎し、すばらしい祝福を与えているのを民たちは見ています。こうした神と油注がれた王とがゆるがない信頼関係を築いているとき、イスラエルの国は豊かな繁栄と祝福が与えられました。逆に、油注がれた王が神との信頼関係に溝ができたとき、イスラエルは亡国という憂き目を経験することになります。いつの時代でも油注がれた王(リーダー)のためにとりなし、その王がどんなときにも神に信頼するならば、敵が勝利することはないことを教えられます。
  • この詩篇はリーダーシップとフォロアーシップとの良い関係を私たちに教えてくれる詩篇だと思います。教会においても、家庭においても、職場においも、このかかわりを神の視点から受け入れ、自分の上に立てられた権威に従順であるところに神の臨在があると信じます。

powered by Quick Homepage Maker 5.2
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional