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詩65篇/B

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瞑想Ps65/B

◆この詩篇65篇は三つの領域において、神の主権的な恵みに対する賛美がなされています。第一の領域は、「シオンの聖所での神の恵みに対する賛美」です。そこでは神に「背きの罪を赦され」「選ばれ」「大庭に住む」者たちが、「良いもので満ち足りる」ようにされているという喜びの賛美です。神の愛と恵みの中に生かされていることを自分のこととして、自覚的に受けとめられる人は、いつの時代においても「幸いな人」です。イエスの母マリアも「わがたましいは主をあがめ、わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。主はこの卑しいはしために目を留めてくださったからです。ほんとうに、これから後、どの時代の人々も、私をしあわせ者と思うでしょう」(ルカ1章48節)と賛美しています。自分が神に愛され、神に喜ばれていること知っている(信じている)人を倒すことは、決してできないと信じます。

◆第二の領域は、「地の果て果て」「朝と夕べの起こる所」、つまり「全地における神への賛美」です。やがて神の主権的な力によって平和がもたらされます。イエスは「神の国(天の御 国)は近づいた。悔い改めて、福音を信じなさい」と言われましたが、神の国(天の御国)とは、 私たちが考えているような天国ではなく、この地上に現実的な王国(Kingdom )すなわち、キリストの王国のことです。しかも、その王は平和を実現するキリストです。いつそれが実現するかは、「父が ご自分の権威をもってお定めになって」(使徒1章7節)いると言われます。

◆第三の領域は、「自然界の営みにおける」神への賛美です。まさに神の祝福は循環しています。神が「地を訪れ」「水を注ぎ」「川」となって、地は牧草や穀物を作ります。

◆神の訪れは、いのちの水が注がれることを通して表わされます。その水は雨となり、堅くなった地を柔らかくします。山に降った雨は地にしみ込み、川となって流れ多くの動物たちの渇いた喉を潤します。荒野は豊かな牧草地となり、もろもろの谷は豊かな穀物をもたらします。して羊も人も共に喜び叫びます。

◆ダビデはそれを「あなたの通られた跡には、あぶら(the riches)がしたたっている」(11節) と表現しました。「あぶら」とは、「喜びの油」、つまり「満ち足りた喜び」のことだと思います。それが自然界の営みの中に「したたっている」のです。なんとすばらしい表現でしょうか。

◆この自然界の祝福は、「幸いなことよ。あなたが選び、近寄せられた人、あなたの大庭に住むその人」のたとえでもあると信じます。「私たちはあなたの家、あなたの聖なる宮の良いもので満ち足りるでしょう。」(4節) 「良いもので満ち足りる」、これがこの詩篇65篇のキー・ワードということもできます。「良いもの」とは、神の豊かさ(the riches)そのものです。それは神の愛を言い換えた表現です。神のすべての豊かさに満ち足りる者こそ、ほんとうに幸いな者だといえます。

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