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詩74篇/B

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瞑想Ps74/B

◆シオンの町は永遠に続くという信仰は打ち破られ、「永遠の廃墟」と思われるほどに完全に破壊されました。神の「御名の住まいである」エルサレムの聖所のみならず、国中の礼拝の場がみな焼き払われました。9節の「もう私たちのしるしは見られません」は、神の民の悲痛な嘆きの叫びです。イスラエルの民が神を礼拝する民としてあかしする象徴的な「しるし」は、完全に、跡形もなく、この世から消え失せてしまったのです。しかも、神は敵のやりたい放題の悪に対して全く沈黙していることも、民にとって大きな苦痛をもたらしました。

◆この詩74篇は典型的な嘆きの歌ですが、神とのかかわりの視点から言うならば不思議ともいうべき雰囲気があります。それは神を「あなた」と呼びかけるその回数が、詩74篇全体(23節)の中になんと20回(※)もあることです(新改訳の場合)。ちなみに、前篇の73篇では作者が「聖所に入るまで」は、神を「あなた」と呼ぶ箇所は1度しかありません。しかし「聖所に入って」悟りを与えられてからは、つまり、18~28節までの11節の中になんと12回も神を「あなた」で表しています。意図的なのか無意識的なのかはわかりませんが、このことは作者が神とのかかわりをより親しく感じている自然な心の発露といえるのではないかと思います。
(※)詩74篇のヘブル語原文では「あなた」という人称代名詞は36回見られます。

◆このことは、たとえ敵がイスラエル中の聖所を破壊し尽くしたとしても、神の民の心の中から聖なる臨在を取り去ることも、御顔の光を覆い隠すこともできなかったことを証明しています。絶望的な状況の中でこそ、神を「あなた」と呼びかけることのできた信仰、むしろそこに心が留まります。

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