****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し完成します。******

陰謀と謀反(暗殺)を繰り返したエフライムの歴史

文字サイズ:

7. 陰謀と謀反(暗殺)を繰り返したエフライムの歴史

【聖書箇所】ホセア書 7章1~16節

ベレーシート

  • イスラエルはソロモン王以降、北イスラエル王国(エフライム)と南ユダ王国とに分裂しました。それぞれの王国がたどった歴史を比較してみると分かるように、南ユダ王国は一つの王朝が存立し続けたのに対し、北イスラエル王国は陰謀と謀反を繰り返して10の王朝が立ち上がります。まさにその歴史は波乱万丈であり、映画やドラマにするとすればその題材に事欠きません。
  • そんな歴史をたどった北イスラエル(エフライム)を、ホセア書7章では四つのたとえ(比喩)を用いて描いています。その四つのたとえ(比喩)とは以下の通りです。
    (1) パンを焼くかまどのよう(4節)
    (2) 生焼けの(裏返さない)パン菓子(8節)
    (3) 愚かで思慮のない鳩のよう(11節)
    (4) たるんだ弓のよう(16節)

1. パンを焼くかまどのようなエフライム

【新改訳改訂第3版】ホセア書7章4〜7節
4 彼らはみな姦通する者だ。彼らは燃えるかまどのようだ。彼らはパン焼きであって、練り粉をこねてから、それがふくれるまで、火をおこすのをやめている。
5 われわれの王の日に、首長たちは酒の熱に病み、王はあざける者たちと手を握る。
6 彼らは陰謀をもって近づく。彼らの心はかまどのようで、その怒りは夜通しくすぶり、朝になると、燃える火のように燃える。
7 彼らはみな、かまどのように熱くなって、自分たちのさばきつかさを焼き尽くす。その王たちもみな倒れる。彼らのうちだれひとり、わたしを呼び求める者はいない。


●太字の部分をフランシスコ会訳では以下のように訳しています。
かれらはみな憤り、熱くなったかまのようである。練り粉がこねられてからふくれるまでのあいだ、パン焼き人はかまの火をかき立てないものだ。

  • 北イスラエルの歴史では10王朝に19人の王が次々と変わっています。最も長い治世を誇ったのがヤロブアムⅡ世の41年間です。反対に短いものは、2年間の治世の王が4人、そして6ヶ月、1ヶ月、さらには7日という王もいます。北イスラエルの歴史は陰謀と暗殺によるクーデターが次々と起こり、暗殺された王は7人もいます。
    「北イスラエルの年代表」を参照のこと
  • パンを焼くときは熱したかまどの中に入れて余熱で焼きます。その間は「火をかき立てる」ことなく、パンが焼けるのを待っているのです。そのように、陰謀を企てる者たちはその時機をじっと待ち、時機が来た時にクーデターを起こすべく立ち上がるのです。そのようにして王が暗殺され、王朝が変わってきました。王たちがそのように陰謀に倒れるときでも、「彼らのうちだれひとり、わたしを呼び求める者はいない。」(7節)と主は語っています。

2. 生焼けのパン菓子となったエフライム

  • 新改訳の「生焼けのパン菓子」を、フランシスコ会訳では「裏を返さないパン菓子」としています。つまりこのたとえは、外国のある強国と同盟関係を結ぶことの比喩です。ここでの強国とは「アッシリヤ」のことを意味しています。しかしその拠り頼もうとしているアッシリヤが、やがて自分たちの領土をむしばみ、食い尽くすことになろうとは全く予想せず、気づいていないのです。気づいた時には時すでに遅しです。その高慢のゆえに、主に立ち返ろうとはせず、主に尋ねようともしないエフライムの状態を「生焼けのパン菓子」にたとえているのです。

3. 愚かで思慮のない鳩のようなエフライム

  • 8節の「生焼けのパン菓子」と関連して、11節ではエフライムが「愚かで思慮のない鳩」にたとえられています。フランシスコ会訳では「知恵のないだまされやすいはと」と訳されています。エフライムがあてにしたアッシリヤによって徐々に破滅を招くようになると、今度はアッシリヤの敵であるエジプトに拠り頼もうと図ります。そのために多くの貢物を納めるのです。自分たちの安全を保障してもらうためなら、どこへでも飛んでいくエフライムを「愚かで思慮のない鳩」、「知恵のないだまされやすいはと」としてたとえられているのです。
  • 主に頼ろうとしないエフライムに対して、主ご自身は「彼らの上に網を張り、空の鳥のように彼らを引き落とし、その群れが騒々しくなるとき、わたしはこれを懲らす。」(12節)とあります。つまり、「鳥が網にかかる」ように、主がエフライムの政治的努力を失敗に終わらせることを意味しています。

4. たるんだ弓のようなエフライム

  • 16節の「たるんだ弓」とは、使い物にならないという意味です。本来、イスラエルの民は神のご計画のために、神によって選ばれ、神によって強くされた神の腕(道具)でした。しかし彼らは高慢になり、神の腕とはならなくなってしまいました。そんなエフライムを「たるんだ弓」(ホセア7:16/詩篇78:57)とたとえているのです。

2015.4.11


a:1591 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.2
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional