****** 詩篇は、神と私たちの生きた関係を築く上での最高のテキストです。******

霊性の回復への「諸段階」

3. 霊性の回復への諸段階

はじめに

  • 「霊性の回復の糸口」は、主イエスがラオデキヤの教会の人々に「あなたは、・・実は自分がみじめで、哀れで、盲目で、裸の者であることを知らない。」(黙示録3:17)と忠告されたようにこの忠告を自分に語られたこととして謙虚に受け止めることからはじまります。そして、「霊性の回復の喜び」は、シェバの女王がソロモン王に語ったように、「実は、私は、自分で来て、自分の目で見るまでは、・・その半分も知らされていなかったのです。あなたの知恵と繁栄は、私が聞いていたうわさよりはるかにまさっています。」(列王記第一、10:7)と気づかされていくことです。そして、その気づきのプロセスには多くの年月を要することになるかもしれません。

霊性の回復のレベル(1)

  • とにかく「詩篇の瞑想」をスタートしてみることです。そして継続する。継続するためには、他の人と共にすることが助けになるようです。瞑想の内実が乏しく感じられても、継続して習慣化すること、これが<レべル1>の課題です。しかもこの課題はレべルが高くなっても変わりません。相撲でいうならば、横綱も幕下力士も四股を踏むことがみな共通であるように、レべルが低くても高くても大切なのは継続することです。そのために、生活をシンプルにするよう迫られるかもしれません。霊性の回復においては忙しいことは決して褒められることではないのです。

霊性の回復のレベル(2)

  • <レベル2>では、瞑想する題材(キーワード、キーバース、テーマ等)の選び方に注意を払うようにする段階です。料理家が料理する食材にこだわるように、瞑想するための題材を選び抜く「着眼力」が求められます。その詩篇が最も言わんとすることと深く関係するようなキーワードを見つけ出して、それを味わうことで、それぞれの詩篇のもつ豊かさが増し加えられ、共感の幅も広がっていきます。そのためには瞑想する詩篇のテキストをじっくりと読むことが求められます。
  • <レべル2>では、聖書と向き合う厳しさと真摯な態度が求められます。みことばの意味も調べる必要があります。それによって、身勝手な主観的把握に陥ることなく、客観的な読み方が培われるようになります。私の場合、興味深い部分をいろいろな聖書で読み比べているうちに、原語に対する関心を持つようになり、それによって自分の聖書の読み方が大きく変えられたように思います。

霊性の回復のレベル(3)

  • <レベル3>では、詩篇の瞑想を窓口にしながら聖書全体を通して瞑想力を培う段階です。この段階に来ると、旧約聖書も新約聖書もある程度読んで知っているというレべルです。森の生態系がなにひとつ無駄な部分がなく、すべてがなんらかの関わりをもっているように、聖書全体もいろいろな部分が生きたかかわりを持ちながらつながっています。そのつながりを発見していく段階です。一つのテーマが聖書全体から味わうことは、森の中を散策するようなものです。多くの発見と驚きを見出せる世界です。聖書そのものが私たちに訴えかけてきます。そのためには時間をかけてじっくりと聖書を学ぶことを自分の心に言い聞かせなければなりません。
  • 聖書を学ぶ心得としては、パリサイ人のように自分の理解こそ正しいという考え方を捨てなければなりません。日々、「私の目を開いてください」と祈りながら、常に柔軟な心と学ぶ姿勢を持ちながら、聖書全体を通して、神とのかかわり、人とのかかわり、自分とのかかわり、自然とのかかわりの世界を豊かに知り、味わう。これが「永遠のいのち」を楽しむことなのかもしれません。。

2010.02.05


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