****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

霊性の神学の今日的動向

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Aー01. 霊性の神学の今日的動向

(1) 今日の教会に対する警鐘

  • アリスター・マグラスは『キリスト教の将来と福音主義』(島田福安訳、1995年、いのちのことば社)の中で、「もし福音主義の将来に何らかの長期的な脅威があるとしたら、それは霊性に対する注目不足である可能性が高い。徹底して福音主義的な源泉と見解を持つ形態を生み出すか、再発見しない限り、今日の福音派は、明日に元福音派になるであろう。これはわれわれが今日直面している、最も緊急な責務の一つである。」(p194)と警鐘を鳴らし、さらに福音派の霊性の神学に関しては、バンクーバーのリージエント・カレッジ(注1)に例外的に講座が設けられているだけで、福音派の神学校の盲点となっていると指摘し(p189)、福音派の霊性の神学に関する教育の急務を促している。
  • こうした背景には、これまでの日本の伝道至上主義を考えることが出来るかもしれない。日本の教会の多くが、18世紀にイギリスに始まり、ドイツ・北欧、そして、19世紀のアメリカおよびカナダのリバイバル運動による伝道至上主義の強い影響下にある。そこでは、霊的な信徒を育てることも、また、様々な実際的信徒訓練も、突き詰めると伝道のための手段とする傾向が強かったのではないか。伝道という目的に教会が機能するような教会理解が支配的であった。福音派の多くは、戦後に外国からの宣教師によって始められた教会がほとんどであるため、開拓者たちは伝道し、そして人々は救われ、そのような中から献身者たちが起こされ、牧師・伝道者としてその働きを続け、教会を建て上げてきた。いわば、Doing(行なうこと)に重点が置かれた。教会の数と規模が拡大するにつれて、次第に、知的な渇望が生まれ、外国に留学して学位を取る人々の数が増加した。この時代は、Knowing(知ること)に重点が置かれた。しかし今は、Being(存在すること)について真剣に考えなければならない時代になってきている。つまり、現代の多くの人々が常に何かに駆り立てられて行動し、まちがった奉仕主義、業績主義、律法主義によって、さまざまな面において疲れ、霊的な枯渇と不毛状態に陥り、何か大切なものを見失ってきたと気づき始めたからである。これまでもBeing への問いかけは全くなかったわけではない。しかし、その問いかけは、「今回の伝道集会に何人集まった。」「今年は何人受洗者が与えられた。」「礼拝出席者が何人になった。」といった伝道至上主義、業績主義の声によって、あるいは、また霊的な生命力の欠如した知性至上主義的神学によってかき消されてきた。そのために人々は、明らかに疲れ果て、本当の信仰による安息を見失ってしまっているのである。(注2) まさにマタイ9章36節にある「弱り果てて倒れている」群衆の姿である。
  • Being とは神との親しい交わりである。神の御前に心を静め、神のみことばを黙想し、神ご自身を思うことである。そのような中で、私たちの存在は神の御前で安息を得るのである。Doing もKnowingも、このBeingに根ざしたとき初めて主のみこころにかなうものとなる。

(2) Being による安息の必要

  • 目的地に向かってただ走り続けるだけでは疲れ果ててしまう。人は、安息の中でこそ、自分の立っている位置を確認し、自分の信仰の旅を振り返ってその意味を深く考えることができる。今日の<霊性>の見直しの必要はここにある。安息がどうしても必要なのである。

    「神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。『立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。』 しかし、あなたがたは、これを望まなかった。あなたがたは言った。『いや、私たちは馬に乗って逃げよう。』」(イザヤ30章15, 16節)

  • 当時のイスラエルも主に信頼して安息を得るよりは、行動することのほうがより安全であるように思われた。いつも行動していないと不安だったのである。そうすることによって、自分自身の内側を見なくてもいいようにしている。そのようにして、自分の行動の動機を突き詰めて考える猶予を自分自身に与えないでいるのである。
  • 私たちは、主イエスが弟子たちに語られたみことば(マタイ11章28~30節)を、もう一度、前半だけでなく後半の部分も含めた全体を、よく考え黙想し、その意味するところを捉えて、再出発しなければならない時に来ている。でなければ、アリスター・マグラスの言うように、「今日の福音派は、明日に元福音派になるであろう」という警鐘がそのとおりになってしまうであろう。

    「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませて上げます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」(マタイ11章28~30節)

  • 「主のくびきを負って、主から学(ぶ)」ことが何を意味するのか。これこそ、今日の私たちに求められていることではないか。御子イエスが御父の信頼というくびきを負って歩んだように・・・。

注1
カナダのバンクーバーにあるリージェント・カレッジ(1970年設立)の初代学長がジェームズ・フーストンである。彼はその大学に「霊性の神学」(Spiritual Theology)の部門を設立し、1978年に担当教授、91年には部長となる。この間、キリスト者の霊性、祈り、三位一体と霊性について教え、89年には『神との友情』(Transforming Friendship,1999年、坂野慧吉訳、いのちのことば社)を、91年には『幸福の探求』(In Search of Happiness, 未邦訳)。92年には『心の渇望』(The Heart’s Desire, 2001年、松本曜訳、いのちのことば社)の三部作を発表する。『心の渇望』は、多くの人の生き方を考察しながら、「心の渇望を満たすものは人格的な神との交わりのみである」ことを論じている。ジェームズ・フーストンは、福音的な教会、神学校の中で「霊性の神学」に関してのパイオニア的な存在である。『神との友情』を翻訳した坂野慧吉師は、本の<あとがき>の中で、フーストンの霊性の特徴を次のように記している。

聖書的である・・詩篇から祈りを学ぶことができるすばらしい霊性、「主の祈り」から祈りの真髄を汲み取る霊的な洞察、パウロ書簡から、祈りの深さを教える明確な彼自身の祈りの経験。聖書を通して、神の御声を聞きながら、そのみこころを瞑想し、みことばを自分自身のものとする信仰。


歴史的である・・過去二千年の教会の歴史の中で、神に導かれた多くの信仰の先達の著書をよく読み学んでいる。聖書から学ぶだけでなく、共に歴史から学び、神と交わり、神に従った多くの先達たちに示された神のみこころを学ぶことが重要であるが、フーストンは、初代の教父から、中世のカトリックの著者からも引用する。そしてそれが聖書的であるかを確かめながら、福音主義の霊性を築く試みをしている。


経験的である・・彼の霊性は、聖書はこう言っているということだけではなく、また教会の歴史の中で、霊的な先達たちがこう言っているということだでもなく、自分自身の生涯の中でそれを確かめているということである。彼の人間に対する深い洞察は、自分自身への洞察と霊的な経験から生まれたものである。それを、彼は、授業で説き、また文書にしている。


全生活の領域に及んでいる・・霊的ということを、個人の内面という狭い意味でとらえるのではなく、教会の中でも、家庭や職場、そして社会で生き生きと神との交わりの中に生きる霊性を求めている。つまり、「生の全領域においての霊性」を探求している。


三位一体の神の交わり・・フーストンの霊性の中核は、三位一体の神の交わりにある。三位一体を単に組織神学の神論の一部に閉じ込めることなく、それを霊性の全領域に広めている。三位一体の神の交わりに似せられた人間、そしてその交わりを失った人間、そしてキリストの贖いによって神との交わりを回復した人間、キリストをかしらとするキリストのみからだなる教会、そして伝道、文化、その他すべての領域に広がっている。三位一体の神における交わりの中に入れられた祝福こそ、永遠のいのち、すなわち、救いなのである。

  • フーストンは「霊性の神学」(Spiritual Theology)として、神との親しい交わり、神の愛を深く体験する、霊的な経験と神学との一致を目指しているのである。 

注2
ビリー・グラハム師は48年前、17、18世紀に生み出された霊的生活への取り組みの知恵を反映させて、新しいキリスト者に聖書を毎日読むようにと助言した。この「日々の霊的食物」がなければ、飢えて霊的な活力を失うに違いないという懸念からであった。しかしこの助言は、次第に問題をはらむようになった。17、18世紀の「静思の時」の取り組みは、時間的余裕のあった時代の、個人的なプレッシャーの少ない生活を前提としている。かつての「静思の時」は、現代の非常に忙しい社会の中におかれているキリスト者にとってはほとんど不可能である。そのため「静思の時」は、実生活にそぐわない要求をつきつけた形となっている。なぜなら、それは長期間にわたっては持続できない事柄だからである。それは今日のキリスト者にとって、さらなるプレッシャーを生む結果となっている。



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