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預言者としての使命に動揺するエレミヤ

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18. 預言者としての使命に動揺するエレミヤ

【聖書箇所】 15章1節~21節

ベレーシート

  • 主はいかなるとりなしも拒絶するという強い意志を示しています。15章4節に記されているように、それほどにマナセの犯した罪は重かったのです。マナセは周辺諸国のありとあらゆる偶像をエルサレムの神殿に持ち込みました。「シドンの忌むべきアシュタロテ」「モアブの忌むべきケモシュ」「アモン人の忌むべきミルコム」「バアルやアシェラ像」などです。特質すべきは、マナセの行った偶像礼拝の一つに「自分の子どもに火の中をくぐらせ」(Ⅱ列王記21:6)というのがあります。これは「幼児の人身を犠牲として祭壇で焼く異教的な宗教習慣」で、それほどの犠牲を払っても、自分たちの要求や願いを聞き届けてもらうという偶像との取引でした。いずれにしても、ユダとエルサレムに対する神のさばきはもう免れることができない、神の決定事項となっていたのです。
  • そうした時代に預言者として立てられたエレミヤの苦しみがあります。神のことばを語ってもだれ一人としてそれを受け入れることなく、完全に拒絶されました。拒絶だけでなく、同郷の者たちからの脅迫があり、自分の身がどうなってしまうかわからないという危機感を抱きました。もし主が自分のためにすぐにでも行動を起こして下さらなければ自分は殺されてしまうと言う危機感です。エレミヤはその不安と苦しみを神に告白しています。そして神も、エレミヤの告白に答えています。そのやりとりが記されているのが15章です。
  • まず最初に、エレミヤの告白の中から、大切な事柄を取り上げてみたいと思います。

1. エレミヤの告白

  • 預言者として召されたエレミヤは、預言者としての務めから生じる喜びと苦難を経験します。預言者はなによりも、主のことばを預けられた存在であり、だれよりもみことばに近くある者でければなりません。

(1) みことばを深く味わうことのできたエレミヤ

  • エレミヤは15章16節で次のように告白しています。

【新改訳改訂第3版】
私はあなたのみことばを見つけ出し、それを食べました。あなたのみことばは、私にとって楽しみとなり、心の喜びとなりました。万軍の神、【主】よ。私にはあなたの名がつけられているからです。

  • まず、「わたしはあなたのみことばを見つけ出し、それを食べました。」とあります。「見つけ出す」という原語は「マーツァー」(מָצָא)で、「見つけるむ「出会う」「会う」という意味です。バビロン捕囚の目的が神の民に将来と希望を与える計画だと言えるのは、バビロンの地で主が神の民によって「見つけられる」「出会う」からです(エレミヤ29章14節)。やがてそれほどに神の民は真剣に主を尋ね求めるようになるのです。預言者と主との本来の関係は常にそのようなものでした。ですからエレミヤは、「わたしはあなたのみことばを見つけ出し、それを食べました」と告白しているのです。新共同訳では、「あなたの御言葉が見出されたとき、わたしはそれをむさぼり食べました」と訳しています。原語の「アーハル」(אָכַל)には単に「食べる」と言う意味だけでなく、「食べ尽くす」というニュアンスもあるからです。みことばに対するそれほどの渇望があるかどうか、私たちにも問われています。
  • 15章16節のエレミヤの告白の第二の部分に、「あなたのみことばは、私にとって楽しみとなり、心の喜びとなりました。」とあります。「楽しみ」と「喜び」はしばしばワンセットとして用いられることが多いのですが、これは神と人とのかかわりを表わす最高の、しかも終末論的表現です。

画像の説明

  • 神と人とのかかわりは愛に対する歓喜です。それこそ「新しいぶどう酒」であり、それがいつの時代でも「新しい皮袋」を必要としていくのです。しかし、そうなる前には「古い皮袋」の存在があり、新しいブドウ酒と「古い皮袋」とのギャップに悩まされるのです。エレミヤも神のみことばによって預言者としての喜びを経験していました。彼がそれを経験できたのはひとえに「私はあなたの名をつけられていからです」とあるように、神に召されたからです。その喜びを知れば知るほど、当時の人々とのギャップは大きくなるばかりで、それを分かち合うことなど不可能な状態だったのです。

(2) 預言者的務めの課題

  • 神は真実を彼を通して語るために、エレミヤの心には神の憤りでいつも満たされ、それを絶えず語らなければなりませんでした。それはエレミヤという素の人間にとっては、耐えがたい心の痛みだったようです。しかし、預言者にはそれなりの歴史的使命が担わされているのです。
  • ちなみに(余談ですが)、預言者的傾向の強い信者と祭司的傾向の強い信者がいます。イエスのように常にバランスが取れていれば良いのですが、実際はそのどちらかがドミナントになります。神の歴史(キリスト教会の歴史の流れ)を見ても、このバランスの取り合いの歴史とみることができます。由木康氏は「礼拝学序論」の中で、預言者的傾向の特徴と祭司的傾向の特徴について次のように述べています。

以下の記述は『礼拝学概論』の序論からの私のノートです。


A.<預言者的傾向の特徴

  • 直接的、瞬間的、即興的、改革的(新しい創造)前進的、将来的(展望的)―現状を打破し、局面を展開しようとして迫害を受ける
    流動的、進歩的 ―伝統にとらわれず、将来を望む
    外面的、倫理的、宗教の孤立を警戒する。

B. <祭司的傾向の特徴

  • 間接的、持続的、伝統的、存続・継続、回顧的―現在に失望して、過去の黄金時代を描く
    固定的、保守的―伝統を尊重し、制度を維持して預言者を迫害する
    内向的、祭儀的、宗教の分散を警戒する。
  • 上記のような相違は、原理的なものであって、歴史的には多くの交流や錯綜があったことはいうまでもない。すなわち、一方には祭司的傾向を多分にもつ預言者がいた。モーセやエゼキエルなどは、両者を兼ねていた人物である。また他方には、預言者的事業を遂行した祭司もいた。しかし、だいたいにおいてこの二つの傾向は、互いに対立していたとみなしてよい。とはいえ、これは全く相容れないものの異質的、相殺的な対立ではない。基盤を同じくするものの補足的、牽制(けんせい)的な対立である。したがって、その解決も、一方を取って他方を捨てることにあるのではなく、それらの双方を緊張関係におき、その一方に重圧を加えて、全体を力強く推進させることにあるのである。
  • ゆえに、預言者的傾向と祭司的傾向とが対立しているからといって、ただちにその一方を取って、他方を捨て去る一面主義に陥ることを、極力警戒しなければならない。それは私たちをイスラエルの宗教の深い理解から遠ざけ、聖書の宗教を救いがたい貧困と枯渇とに追いやる以外の何ものでもない。なぜなら、二つの傾向は、どちらも聖書がみずからのうちに内蔵しているものであり、イスラエル宗教のそれらの対立と交錯とによって、その生命と活力とを常に保持してきたからである。預言者的精神は宗教を振起し、祭司的精神はそれを持続する。祭司的精神に生気を与えるのは、預言者的精神であり、預言者的精神をつなぎ合わせるのは祭司的精神である。前者がなかったならば、宗教の生命を失ったであろうし、後者を欠いたならば、それは断絶していたであろう。生きた永続的な宗教は、それらのどちらをも失ってはならない。双方をみずからのうちに含み、両者を妥協させないで、緊張させ、前者に重点を置くことによって、全体を螺旋的に推進させなければならない。そして、これこそ、新約の秩序において、イエスが実現されたものであった。預言者的傾向と祭司的傾向とは、イエスの新しい秩序において、はじめて生ける統一を得たのである。


2.  主のエレミヤに対することば

  • 15章19節~21節にはエレミヤに対する主の応答が記されています。まず19節だけを見てみます。

【新改訳改訂第3版】
19
それゆえ、【主】はこう仰せられた。「もし、あなたが帰って来るなら、わたしはあなたを帰らせ、わたしの前に立たせよう。もし、あなたが、卑しいことではなく、尊いことを言うなら、あなたはわたしの口のようになる。彼らがあなたのところに帰ることがあっても、あなたは彼らのところに帰ってはならない。

  • 「もし、あなたが帰って来るなら」とは、「エレミヤが自ら本来の預言者としての立場と務めに立ち戻るなら」という意味です。「もし、あなたが、・・尊いことを言うなら」の「尊いこと」とは、ありのままの主のことばのことです。それを語るなら、「わたしの口のような」存在となる、と主は語っています。ですから、主は最初からエレミヤにことばを授けた召命の時のようになにら変わっていません。しかも、彼らがあなたのところに帰ることがあっても、あなたは彼らのところに帰ってはならない。」とあるように、あくまでも民が預言者のメッセージに立ち返るのが本筋であり、その逆であってはならならいと釘を刺しています。ここに預言者としての務めの厳しさがあります。しかし同時に、その務めに忠実に従うならば、完全な防衛の保障を主は約束しておられるのです。

20
わたしはあなたを、この民に対し、堅固な青銅の城壁とする。彼らは、あなたと戦っても、勝てない。わたしがあなたとともにいて、あなたを救い、あなたを助け出すからだ。──【主】の御告げ──
21
また、わたしは、あなたを悪人どもの手から救い出し、横暴な者たちの手から助け出す。


2013.2.15


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