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(霊を、心を)「奮い立たせる主」

1. 霊を、心を「奮い立たせる主」

〔聖書箇所〕 1章5, 6節

  • 「そこで、ユダとベニヤミンの一族のかしらたち、祭司たち、レビ人たち、すなわち、神にその霊を奮い立たされた者はみな、エルサレムにある【主】の宮を建てるために上って行こうと立ち上がった。彼らの回りの人々はみな、銀の器具、金、財貨、家畜、えりすぐりの品々、そのほか進んでささげるあらゆるささげ物をもって彼らを力づけた。」

はじめに

  • エズラ記1:1~6。ここには、神の主権によって、神に奮い立たせられた人物とそれを支える人々によって、神のみこころ(ご計画)が実現していくのを見ることができます。1章5節だけでも、以下のように、「神の民の再建」と密接な関係にある語彙が立ち並んでいます。これらの語彙を一つひとつ味わうことで、神がこの時代に成そうとしたことが見えてきます。

    (1) 「奮い立つ、奮い立たせられる」ウールעוּר(`ur)
    (2) 「建てる、再建する」バーナーבָּנָה(banah)
    (3) 「上る、上っていく」アーラーעָלָה(`alah)⇒参照
    (4) 「立ち上がる」クームקוּם(qum)
    (5) 「自ら進んで・・する」ナーダヴנָדַב(nadav)⇒参照
    (6) 「力づける、支援する」ハーザクחָזַק(chazaq)


1. エレミヤにより告げられた主のことば

  • 主は、ペルシャの王クロス(キュロス)を通して、かつて、エレミヤにより告げられた【主】のことばを実現します。「エレミヤにより告げられた主のことば」とは、脚注の引照聖句にあるように、以下に記されています。中心的なことばは、エレミヤ29章10節です。

    ①エレミヤ25:11, 12
    「11 この国は全部、廃墟となって荒れ果て、これらの国々はバビロンの王に七十年仕える。12 七十年の終わりに、わたしはバビロンの王とその民、──【主】の御告げ──またカルデヤ人の地を、彼らの咎のゆえに罰し、これを永遠に荒れ果てた地とする。」

    ②エレミヤ29:10, 11
    「まことに、【主】はこう仰せられる。『バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。 わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。──【主】の御告げ──それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」

    ③イザヤ44:28
    「わたしはクロスに向かっては、『わたしの牧者、わたしの望む事をみな成し遂げる』と言う。エルサレムに向かっては、『再建される。神殿は、その基が据えられる』と言う。」

  • 神の再建計画は神の主権によって成し遂げられます。そのことを良く表わしているのが、「カーラー」という動詞です。「実現する、成し遂げる、fulfill」と訳される「カーラー」כָּלָה(kalah)は、旧約で204回、最初の出典は創世記2:1「こうして、天と地のそのすべての万象が完成された(be completed)。」です。
  • かつてエジプトから救い出されたイスラエルの民は、シナイ山で合意の上で主と契約を交わし、神の民となりましたが、その歩みは神に逆らい、霊的姦淫によって、バビロン捕囚という憂き目を味わいました。神殿は破壊され、国を失い、指導者を失いました。それは、バビロンにおいて、イスラエルをもう一度神の民としてリセットすべく、神のなされたお取り扱いでした。しかし、そのリセット期間を終えて、神の民は約束どおり、エルサレムに帰還します。そして彼らは神殿を再建しようとしたのです。その事業に携わったのは、神によって霊を奮い立たせられた人々と、それを支援する人々によってでした。

2. 神によって「奮い立たせられた」人々

  • 帰還した神の民はバビロンにいたイスラエルの民のすべてではありません。そのうちの一部が帰還したのですが、その彼らとは、「ユダとベニヤミンの一族のかしらたち、祭司たち、レビ人たち」であり、神にその霊を「奮い立たされた者」たちでした。神によって「奮い立たせられた人々」の存在があります。1節のペルシヤの王クロスもその一人です。「【主】はペルシヤの王クロスの霊を奮い立たせたので」とあります。
  • 5節の「奮い立たされた」と訳された「ウール」(עוּר)は、「目覚める、覚醒する、奮い立つ」の使役受動態(ホファル態)です。口語訳では「心を感動された」、新共同訳では「心を動かされた」と訳しています。ちなみに、1節の「奮い立たせた」は使役能動態(ヒフィル態) です。
  • 「ウール」(עוּר)は、旧約で85回。エズラ記では1章1節と5節の2回のみです。ハガイ書1章14節では「【主】は、シェアルティエルの子、ユダの総督ゼルバベルの心と、エホツァダクの子、大祭司ヨシュアの心と、民のすべての残りの者の心とを奮い立たせたので、彼らは彼らの神、万軍の【主】の宮に行って、仕事に取りかかった。」とあります。人々の心を「奮い立たせる」には、神ご自身が立ち上がってくださったという背景があります。「主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい。」(詩篇127:1)とあるように、神の働きのためには、いつの時代にも、神によって「奮い立たせられた」人々の存在がありました。これは神の主権的な働きによるものです。使徒パウロはこう言っています。主に対して従順である者に、「神はみこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。」(ピリピ2:13)
  • 神によって「奮い立たせられた」人々は「みな、エルサレムにある【主】の宮を建てるために上って行こうと立ち上がった」とあるように、主の宮、すなわち、神殿を立てるという明確な目的をもって、エルサレムへ帰還すべく「立ち上がりました」。

3. 神によって「奮い立たせられた」人々を支援した人々

  • 1章6節に、「彼らの回りの人々はみな、銀の器具、金、財貨、家畜、えりすぐりの品々、そのほか進んでささげるあらゆるささげ物をもって彼らを力づけた」とあるように、神によって「奮い立たせられた人々」だけでなく、間接的ではあっても、自ら進んで、支援する人々が起こされました。
  • 進んでささげる」と訳された「ナーダヴ」(נָדַב)と、「力づけた」と訳された「ハーザク」(חָזַק)も重要な瞑想用語です。前者の「ナーダヴ」(נָדַב)は、旧約で21回。エズラ記では7回使われています。ダビデが神殿建設のために人々に資材を求めたことを記している歴代誌第一と共に、特愛用語と言えます。
  • エズラ記の7回は以下の箇所(1:6/2:68/3:5/7:13/7:15/7:16/7:16)です。ちなみに、歴代誌第一では、29:5, 6, 9, 14, 17, 17 の箇所で6回使われています。神殿建設と神殿再建には「みずから進んで主にささげる者たち」の存在が必要なのです。
  • 後者の「力づけた」と訳されたハーザクחָזַק(chazaq)は、新共同訳では「支援した」と訳されています。NIV訳ではアシスト(assist)と訳されています。「ハーザク」は「強くする、勇気づける、支える」といった意味を持っています。旧約では290回ですが、エズラ記では5回(1:6/6:22/7:28/9:12/10:4)です。「ハーザク」はエルサレムの城壁を再建したネヘミヤ記の特愛用語でもあり、実に42回も使われています。特に、それぞれ自分の与えられた区域の城壁の破れを「修理する」連係プレーの中にこの「ハーザク」が使われています。麗しい協力関係によって、神殿の再建がなされようとしていたのです。その背後には、主の計画を実現させるための主の恩寵があったと言えます。


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