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12章における三つの補完

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補完No.7. イザヤ書12章における三つの補完

1. 預言的完了形

  • イザヤ書12章には多くの動詞が使われています。しかその多くが「感謝せよ」「呼び求めよ」「知らせよ「語り告げよ」とあるように命令形です。しかしただ一つ、預言的完了形で用いられている動詞があります。それは5節の「(主はすばらしいことを)された」で、ヘブル語の「アーサー」(עָשָׂה)です。ヘブル語の完了形は辞書に記載されている基本形です。その基本形とは3人称単数完了形という英語とは異なる世界です。英語の基本形は1人称単数の「私」です。しかも「預言的完了形」とは、3人称単数である「神」がご自身のご計画を必ず実現しようとする不可抗力的なみわざです。人間がそれに逆らうことはできません。神の主権によって実現・成就する計画です。それがヘブル語の基本であり、また聖書全体もこの視点から記されていると言えます。ここに、なぜ神がご自身のみこころを示すためにヘブル語を用いられるのかという問いの答えがあります。
  • 5節を再度、観察してみましょう。「【主】をほめ歌え。主はすばらしいことをされた。それを全地に知らせよ。」とあります。「知らせよ」と訳されていますが、原文は命令形ではなく、「ヤーダ」(יָדַע)の使役受動態の分詞です。つまり「知らしめられる」という意味です。やがてメシアによるすばらしい「救い」のわざが全地になされたとき、これが全地に知らしめられるということなのです。

2. 「イスラエルの聖なる方は、あなたの中におられる大いなる方」(5節)

  • 5節のフレーズにある「あなたの中におられる(方)」ということばについて調べてみましょう。ここで使われているヘブル語は「ベキ゚ルベーフ」(בְּקִרְבֵּךְ)で、名詞「ケレヴ」(קֶרֶב)の冒頭にある前置詞の「ベ」(בְּ)と二人称の接尾語(ךְ)が付いています。動詞は「カーラヴ」(קָרַב)で、「近くにある」「近づく」という意味です。パブテスマのヨハネも、御子イェシュアも、「悔い改めなさい。天の御国は近づいたから」ということばで宣教を開始されていますが、この「近づいた」が「カーラヴ」(קָרַב)です。イザヤは女預言者である妻に「近づいた」とき、彼女はみごもったとあります(イザヤ8:3)。そこから、単に距離的に近づいたという意味だけでなく、「~の中にある」という一体の状態をも意味しています。その意味において、イェシュアは「もう神の国はあなたがたのただ中にある、あなたがたのところに来ている」(マタイ12:28/ルカ17:21)と語っています。
  • ヘブル語の動詞「カーラヴ」(קָרַב)は、限りなく「近づいている」という意味と「すでにあなたがたのただ中にある」という意味を含んだ語彙であることが分かります。つまり、神のご計画における「いまだ」と「すでに」という時系列の緊張関係を表わすことのできるまことに不思議な語彙なのです。イザヤ書12章は神のご計画が成就したことを歌っている歌なので、ここでは「すでに」「あなたの中におられる」というニュアンスです。

3. 「救い」と「インマヌエル」

  • イザヤ書において神がなされる不思議なみわざしるしとしての「インマヌエル」(עִמָּנוּ אֵל)預言があります(7:14)。その意味は「神が私たちとともにおられる」です。この名は御子イェシュアの名前ですが、それは名前の反面です。もうひとつの面は「救い」を意味する「イェシュア」(יְשׁוּעַ)です。コインには表裏があるように、「イェシュア」と「インマヌエル」は二つで一つの名前なのです(マタイ1:21~23)。
  • イザヤ書12章には「救い」を意味する語彙が2節に2回あります。「神は私の救い」「(神は)私のために救いとなられた」です。旧約においては(特にイザヤ書では)、「慰め」は「救い」と同義で使われています。
  • 詩篇2篇の最後に「幸いなことよ。すべて主に身を避ける人(複数)は」(新改訳改訂第三版)とあります。ここでの「主」は原文では代名詞の「彼」となっていますが、詩篇1篇ではその「彼」とは「その人」(単数)です。詩篇2篇では「油注がれた者」「子」「御子」で表わされています。その者に「身を避ける」(「ハーサー」חָסָה)は信頼を意味します。イザヤ書12章2節の「神は私の救い。私は信頼して恐れない」の「信頼して」は「バータハ」(בָּטַח)ですが、いずれも信頼用語です。つまり、神であるイェシュアに信頼することが「救い」(慰め)となるのです。ちなみに、詩篇3篇のキーワードは「救い」です。しかも絶望的な状況における神の「救い」です。

【新改訳改訂第三版】詩篇3篇
3:1 【主】よ。なんと私の敵がふえてきたことでしょう。私に立ち向かう者が多くいます。
3:2 多くの者が私のたましいのことを言っています。「彼に神の救いはない」と。 セラ

3:7 【主】よ。立ち上がってください。私の神。私をお救いください。
あなたは私のすべての敵の頬を打ち、悪者の歯を打ち砕いてくださいます。
3:8 救いは【主】にあります。あなたの祝福があなたの民の上にありますように。 セラ


詩篇3篇では、「すべて主に身を避ける者」の幸いの祝福が神の「救い」であることが告白されています。


2018.3.6


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