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19.「ヨハネの福音書10章の『イェシュアはメシアか』」


19.「ヨハネの福音書10章の『イェシュアはメシアか』」

ベレーシート

●前回は、「わたしは羊たちの門です」「わたしは良い牧者です」について学びました。イェシュアは羊であるイスラエルの民を、ユダヤ教というストイケイア(宗教体系)から連れ出す門であること、そしてそこから連れ出した羊がいのちを得るための良い牧者であることを見ました。「門」と「良い牧者」は二つで一つです。イェシュアは「囲いにいる羊たちの牧者」だけでなく、「囲いに属さない羊たちの牧者」でもあり、それを一つの群れとする牧者なのです。牧者であるイェシュアこそ約束されたメシアです。ユダヤの宗教指導者たちにはそのことが理解できませんでした。彼らのメシア観がとイェシュアのメシア観が乖離しています。彼らのメシア観は政治的メシアで、イスラエルを国として回復してくれるメシアだったのです。

●「イエス・キリスト」は「イェシュアはメシアである」という信仰告白です。クリスチャンにとっては当たり前ですが、ユダヤ人にとっては非常に不愉快です。今日は10章22~42節を取り上げます。

1. 「宮きよめの祭り」と「ソロモンの回廊」というしるし

【新改訳2017】ヨハネの福音書10章22~42節
22 そのころ、エルサレムで宮きよめの祭りがあった。時は冬であった。
23 イエスは宮の中で、ソロモンの回廊を歩いておられた。

●22~23節に「そのころ、エルサレムで宮きよめの祭りがあった。時は冬であった。イエスは宮の中で、ソロモンの回廊を歩いておられた」とあります。「宮きよめの祭り」とは「ハヌッカーの祭り」のことです。新共同訳は「神殿奉献記念祭」と訳しています。より正確を期すならば、「神殿奉献記念」とすべきです。「再」という文字が「宮きよめ」とつながるからです。ギリシア語原文では「エンカイニア」(ἐγκαίνια)となっており、それは「新たに」というニュアンスを含んだ「宮きよめ、再奉献」なのです。冬の時期のこの祭りのために、イェシュアがエルサレムに行かれたことから、この祭りは重要な祭りであることがうかがえます。ヨハネの福音書では、「エルサレムでの宮きよめの祭り」と「宮の中(神殿)のソロモンの回廊」が、あることを示す「しるし」となっています。その共通するしるしとは「エルサレム」です。そのエルサレムを神の民の住まいとするメシアの存在です。イスラエルのためだけではなく、異邦人も含めた住まいを建て上げるメシアなのです。しかしそれとは異なり、ユダヤ人たちは「政治的メシア」を求めていました。彼らは、武力をもってローマの権力とヘロデの権力を倒し、そこから解放してくれる政治的メシアを期待していたのです。「宮きよめの祭り」はユダヤの三大祭(過越・五旬節・仮庵)とは異なり、エルサレムに行かずとも祝うことのできる祭りです。しかしそのエルサレムにイェシュアは行かれました。なぜなら、やがてご自身がそこに王として住まわれるからです。地における神の住まいとして、エルサレムは神が選ばれた唯一の場所です。ちなみに、エルサレムで幼子イェシュアを抱いた老シメオンは「イスラエルが慰められるのを待ち望んでいた」人でした。つまり、彼も「政治的メシア」を求めていた一人です。しかし彼が幼子イェシュアを抱いたときに、メシアはそのような方ではなく、万民を救うメシアであることを啓示されたのでした。

●「宮きよめの祭り」の由来についてですが、B.C.167年のキスレーヴの月の15日に、アンティオコス4世・エピファネスがエネサレム神殿の祭壇に『憎むべき破壊者』(ギリシアの偶像)を置いて、ユダヤ人に拝ませました。それだけでなく、祭壇に豚の血を献げ、聖書で禁じている不浄な食べ物を食べさせ、割礼を禁じ、トーラーの学びを禁じました。その三年後すなわちB.C.164年のキスレーヴの月の25日に、ユダのマカベアとその息子たちが祭司でありながらも剣を持って戦い、エルサレム神殿を奪還して再奉献したのです。そのことを記念するのが「宮きよめの祭り」です。ユダのマカベアとその息子たちの殉教によってユダは自由を勝ち取り独立しました。しかし再びユダヤはローマによって支配されてしまいます。こうした歴史的経験を通して、ユダヤ人はより一層政治的メシアを待ち望むようになっていくのです。ですから彼らのメシア思想は、イェシュアが語り、イェシュアが行ったこととは結びつきませんでした。彼らには、イェシュアが約束されたメシアであるとは全く考えることができなかったのです。今日のユダヤ人も同様です。

2.果たして、イェシュアはキリストなのか

●24節以降にはイェシュアとユダヤ人とのやり取りが記されており、ユダヤ人たちはイェシュアがメシアなのかどうかを再確認しようとしています。

24 ユダヤ人たちは、イエスを取り囲んで言った。「あなたは、いつまで私たちに気をもませる(=不安のままにしておく=アイロー:αἴρω=持ち上げたままで降ろさない)のですか。あなたがキリストなら、はっきりと言ってください。」
25 イエスは彼らに答えられた。「わたしは話したのに、あなたがたは信じません。わたしが父の名によって行うわざが、わたしについて証ししているのに、
26 あなたがたは信じません。あなたがたがわたしの羊の群れに属していないからです。
27 わたしの羊たちはわたしの声を聞き分けます。わたしもその羊たちを知っており、彼らはわたしについて来ます。
28 わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは永遠に、決して滅びることがなく、また、だれも彼らをわたしの手から奪い去りはしません。
29 わたしの父がわたしに与えてくださった者は、すべてにまさって大切です。だれも彼らを、父の手から奪い去ることはできません。
30 わたしと父とは一つです。」

●イェシュアが「わたしは良い牧者です」(10:11, 14)と言ったことから、ユダヤ人たちは預言者エゼキエルの預言した「牧者」なのかどうか、気になったのかもしれません。エゼキエル書34章23節の「わたしは、彼らを牧する一人の牧者、わたしのしもべダビデを起こす。彼は彼らを養い、その牧者となる」は、明確なメシア預言だからです。ですから、ユダヤ人たちは、今日その答えをはっきりと(率直に)聞かせてほしいとイェシュアに言い寄ったのだと思われます。イェシュアは、これまで何度もことばと行為(奇蹟)を通してご自分がメシアであることを証ししているにもかかわらず、信じようとしない彼らに対し、ご自分の群れには属していないことを突きつけます。そのことのゆえに、イェシュアに対する彼らの殺意がより明らかに増してくるのです。

●「宮きよめの祭り」のことが先に触れられているのは、このことと決して無関係ではありません。「宮きよめの祭り」の本質は、目に見える政治的なメシアを待望するのではなく、27~29節に記されていることをもたらすイェシュアこそ、神が遣わされたメシアであると信じることです。真の「宮きよめ」「神殿再奉献」とは、イェシュアの死と復活に基づく「神と人との新しいかかわり」、すなわち「キリストにある新創造」を意味します。そのためには、ユダヤ人は自分たちの理解の型紙を破らなければならないのですが、それが難しいのです。

「あなたがた」(ユダヤの宗教指導者たち)と「わたしの羊の群れ」(イェシュアをメシアと信じる者)との違いが、明確に言い表されています。

(1) イェシュアの声を聞き分け、イェシュアについて行く。
(2) イェシュアはその羊たちを知っている。
(3) イェシュアは彼らに永遠のいのちを与える。
(4) 彼らは永遠に、決して滅びることがない。
(5) だれも彼らを「イェシュアの手から、また御父の手から」奪い去ることはできない。

●なぜ、ユダヤ人がイェシュアをメシアと信じられないのか。それは、「わたしは話したのに、あなたがたは信じません。わたしが父の名によって行うわざが、わたしについて証ししているのに、あなたがたは信じません。あなたがたがわたしの羊の群れに属していないから」です。ユダヤ人がイェシュアをメシアと信じられないのは、彼らが「イェシュアの群れに属していない」、つまり神によって選ばれていないゆえに、信じることができないのだということです。要するに「あの書に記されていないから」です。「あの書」とは「いのちの書」です。それゆえどんなに説明しても分からない、悟れない、信じられないのです。

①【新改訳2017】ダニエル書12章1節
その時、あなたの国(イスラエル)の人々を守る大いなる君ミカエルが立ち上がる。国が始まって以来その時まで、かつてなかったほどの苦難の時が来る。しかしその時、あなたの民で、あの書に記されている者はみな救われる。
●「あなたの民で、あの書に記されている者」とは、「イスラエルの残りの者」のことです。

②【新改訳2017】ヨハネの福音書 8章47節
神から出た者は、神のことばに聞き従います。ですから、あなたがたが聞き従わないのは、あなたがたが神から出た者でないからです。」

③【新改訳2017】ヨハネの黙示録13章8節
地に住む者たちで、世界の基が据えられたときから、屠られた子羊のいのちの書にその名が書き記されていない者はみな、この獣を拝むようになる。

●獣を拝む者は、世界の基が据えられたときから定まっており、いのちの書にその名が書き記されていないのです。それが誰なのか、私たちには知らされていません。

●「わたしと父とは一つです」・・おそらく、このイェシュアのことばは、イェシュアが神であると同時に、メシアであることの宣言です。しかしそれが「神を冒瀆している」として、ユダヤ人を怒らせることとなります。

31 ユダヤ人たちは、イエスを石打ちにしようとして、再び石を取り上げた。
32 イエスは彼らに答えられた。「わたしは、父から出た多くの良いわざを、あなたがたに示しました。そのうちのどのわざのために、わたしを石打ちにしようとするのですか。」

●31節で「再び石を取り上げた」とあるのは、8章59節にも「彼らは石を取ってイェシュアに投げつけようとした」ことがあるからです。「私たちの父はアブラハムです」というユダヤ人に対して、イェシュアが言ったことばは「あなたがたの父アブラハムは、わたしの日を見るようになることを、大いに喜んでいました」(56節)、および「まことに、まことに、あなたがたに言います。アブラハムが生まれる前から、『わたしはある』」(58節)でした。

●32節で、父から出た多くの良いわざを示すことができるのは、イェシュアがメシアだからです。イザヤ書9章に「ひとりのみどりご・・その名は『・・・永遠の父・・・』と呼ばれる」とあります。

33 ユダヤ人たちはイエスに答えた。「あなたを石打ちにするのは良いわざのためではなく、冒瀆のためだ。あなたは人間でありながら、自分を神としているからだ。」
34 イエスは彼らに答えられた。「あなたがたの律法に、『わたしは言った。「おまえたちは神々だ」』と書かれていないでしょうか。
35 神のことばを受けた人々を神々と呼んだのなら、聖書が廃棄されることはあり得ないのだから、
36 『わたしは神の子である』とわたしが言ったからといって、どうしてあなたがたは、父が聖なる者とし、世に遣わした者について、『神を冒涜している』と言うのですか。
37 もしわたしが、わたしの父のみわざを行っていないのなら、わたしを信じてはなりません。
38 しかし、行っているのなら、たとえわたしが信じられなくても、わたしのわざを信じなさい。それは、父がわたしにおられ、わたしも父にいることを、あなたがたが知り、また深く理解するようになるためです。」
39 そこで、彼らは再び(パリン:πάλιν)イエスを捕らえようとした(ゼーテオー:ζητέωの未完了形)が、イエスは彼らの手から逃れられた

●24節でイェシュアは彼らに「取り囲まれ」ました。しかし39節でイェシュアは「彼らの手から逃れられた」とあります。まだ「時が来ていなかった」からです。「人の子が栄光を受ける時が来ました」(12:23)とイェシュアが言う時まで、ユダヤ人たちは繰り返し石を投げつけようとしますが、イェシュアは擦り抜けられます。

40 そして、イエスは再びヨルダンの川向こう、ヨハネが初めにバプテスマを授けていた場所に行き、そこに滞在された。

●40節のイェシュアが「ヨハネが初めにバプテスマを授けていた場所に行き、そこに滞在された」ことの意味は何でしょうか。バプテスマのヨハネは、エルサレムの外である荒野に住んでイェシュアを証ししていました。彼の使命は、「羊の囲い」である神殿ユダヤ教と律法主義というストイケイアの時代が終わり、イェシュアにおいて新しい時代が始まることを示すことでした。彼がその使命を果たし得たことは、41~42節のことばで分かります。

41 多くの人々がイエスのところに来た。彼らは、
「ヨハネは何もしるしを行わなかったが、この方についてヨハネが話したことはすべて真実であった」と言った。
42 そして、その地で多くの人々がイエスを信じた(ἐπίστευσαν εἰς αὐτὸν)。

●42節で、その地で多くの人々がイェシュアを信じたとあります。このことは「羊の囲い」(宿営)であるユダヤ教から出て、ヨハネ4章に登場するサマリアの女が、町に行って証ししたことで、その町の多くのサマリア人が「イェシュア(彼)を信じた(ἐπίστευσαν εἰς αὐτὸν)とあるのと同様です。「イェシュアを信じる」ことを、ギリシア語では「ピステューオー・エイス・ホ・イエースース」(πιστεύω εἰς ὁ Ἰησοῦς)となります。「イェシュアを」の「を」と訳されている「エイス:εἰς」は、「~の中へ、~の中へと入り込む」ことをも意味する前置詞です。回復訳はこれを「イエスの中へと信じる」と一貫して訳しています。「ピステューオー・エイス」は、ヨハネ文書とパウロ書簡が主に用いている表現です。56回中、ヨハネ文書は36回、パウロ書簡は12回、その他は、マタイ1回、マルコ1回、使徒5回、ぺテロ1回の計8回です。「ピステューオー・エイス・ホ・イエースース」は、イェシュアの中へと入り込んで「イェシュアと一つになること」を意味します

●それは、イェシュアが死からよみがえり「いのちを与える霊」となって私たちの霊を再生し、その中に内住することなしにはあり得ないかかわりなのです。そのかかわりがすでに包括的に実現しているからこそ言えることです。このかかわりがなされている事実を信じることを、回復訳は「イエスの中へと信じる」と訳しています。ヨハネの福音書ではこの意味とほぼ近い「とどまる」(メノー:μένω)があります。この語彙も霊の中の事柄です。イェシュアを対象として信じるということではないのです。イェシュアを対象として信じる場合もありますが、その場合には「エイス」(εἰς)という前置詞は使われません。

●「イェシュアを信じた」=「イェシュアの中へと信じた」は、イェシュア(イェシュアの霊)と一つになったことを表現するものです。ヨハネの福音書でこの表現が使われているのは33箇所ですが、これを理解するためには「幕屋」を知る必要があります。幕屋のすべてはキリストを啓示しています。幕屋の門から入り、大庭、そして聖所、至聖所へと入ることで、キリストの奥義を悟ることができるのです。これが「イェシュアの中へと信じる」ことです。ですから、アシュレークラスでは、「幕屋」(ミシュカーン:מִשְׁכָּן)を重要な学びとして位置づけています。

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●イェシュアはこれまで自分がメシアであることを「わたしは話した」と言っていますが、「わたしはメシアです」とは語っていません。むしろご自分のことを「人の子」と言い表しています。つまり「わたしが父の名によって行うわざが、わたしについて証ししている」ということです。「父の名によって行うわざ」の内容が、メシアしかできない奇蹟であり、メシアとしての証しだったのです。その顕著な例が「目の見えない者の目が開かれる」ことでした。9章でその奇蹟が現されたにもかかわらず、ユダヤ人はイェシュアをメシアと認めませんでした。認めないだけでなく、イェシュアを神への冒瀆罪として殺してしまったのです。

3.「メシアの名はイェホシュア」と遺言したラビ・カドゥリ

●聖書から離れた話になりますが、お伝えしたいと思います。イスラエルの正統派の最も著名なラビであったイツハク・カドゥリ(1898~2006年)が、メシアの名前を明らかにしたという話です。詳しいWeb情報は以下にあります。

●イツハク・カドゥリ(Yitzhak Kaduri/1898~2006年)は、トーラー、タルムード、カバラを学びました。彼は、非常に聡明で、多くのテキストを暗記していました。何千人もの人々が彼にアドバイスを求めたり、祝福やさまざまな病気の治癒を求めて訪ねたりしたそうです。カドゥリは将来の出来事もいくつか予言できたため、信者からは預言者とみなされていました。晩年はメシアの正体を探ることに没頭したようです。2006年、彼は肺炎のため108歳で亡くなりましたが、エルサレムで行われた彼の葬儀には数十万人が参列し、イスラエル史上最大の葬儀と言われました。そんなラビ・カドゥリの何が特別だったのかといえば、彼を世界的に有名にしたセンセーショナルな発言です。正統派のユダヤ教徒でカバラ学者であった彼は、晩年、メシアの正体に非常に興味を持ち、理解を求めて神に祈りました。2005年、神が幻の中で彼の前に現れ、メシアの名前を告げ、メシアが間もなく来ると告げたそうです。カドゥリはメシアの名前を誰にも教えなかったのですが、亡くなる数か月前に、小さなメモにメシアの名前を書き、それを封筒に入れて封印しました。そして死後1年経ってから開封することを弟子たち(信奉者たち)に指示しました。1年が経って、ラビ・カドゥリの弟子たちがイスラエルの人々に知らせたのが、以下のメモ(左図)でした。メモにはこう書かれていました。

画像の説明

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●各単語の最初の文字を取ると、メシアの名前が明らかになります。イェホシュアです。ラビ・カドゥリはイスラエルの人々(ユダヤ人)に、メシアの名前が「イェホシュア」であることを示しました。イスラエルで最も有名なラビがこのような発言をすることになるとは、誰も予想していませんでした。このニュースは多くのユダヤ人に衝撃を与えるに違いありません。イェホシュア(=イェシュア)の名前がメシアに関連して言及されたからです。ユダヤ人にとってこれは不愉快なニュースとなるはずです。公式ユダヤ人Webサイトに彼のメモが掲載されましたが、即座に削除されました。カドゥリの信奉者たちは、このメモが偽りではなく本物であると主張し、「ラビ・カドゥリがどのようにしてこのメシアの名前にたどり着いたのかは全くわからない」とも言っています。

●頭文字によるメッセージは良く使われます。たとえば、エステル記には「神」および「主」ということばは一つもありません。実に不思議な書です。ところが以下のように、頭文字をつなげるとそこに神の名前が現れます。

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●「ヤーヴォー・ハンメレフ・ヴェハーマーン・ハッヨーム」(5:4,8)。「王様、今日ハマンとご一緒にお越しください」は、王妃エステルが王とハマンを自分が主催する宴会に招いたことばです。しかしこのことばの中に主の名前を意味する「神聖四文字」(יהוה)が隠されています。エステルはそのことを意識していたのでしょうか。それとも意識していなかったのでしょうか。事の真相は分かりませんが、エステルの招きのことばの中に神のドラマが隠されていたのです。自分にひれ伏さなかったモルデカイを殺そうと謀ったハマンの策略に、ハマン自身が「ハマった」のです。ユダヤ人撲滅の陰謀をエステルによって暴露されたハマンは自滅します。この出来事がユダヤ教の「プリムの祭り」の起源となりました。

●ラビ・カドゥリの言葉も同じ手法で、メシアの名前をיחושועとしました。これをどのように読むかと言えば、「イェホーシューア」(=イェホシュア)です。ヨシュア記1章1節に「ヌンの子ヨシュア」が登場しますが、その場合の「ヨシュア」は「イェホーシュア」(יְחוֹשֻׁעַ)と表記されます。しかしその同一人物が申命記3章21節では「イェホーシューア」(יְהוֹשׁוּעַ)と表記されます。ところが捕囚後の「エホツァダクの子(大祭司)ヨシュア」の「ヨシュア」はゼカリヤ書6章11節では「イェホーシュア」(יְהֹושֻׁעַ)、その同一人物がエズラ記2章2節では「イェーシューア」(יֵשׁוּעַ)と表記されています。

●神の子イェシュアに関して、現代へブル語では二つの表記があります。一つは「イェーシューア」(יֵשׁוּעַ)、もう一つは「ヤーフーシュア」(יָהוּשֻׁעַ)です。

画像の説明

表記はわずかに異なります(長形と短縮形)。しかしこれらはすべて同義と見なすことができます。つまり、ラビ・カドゥリがメシアの名前として示された「イェホーシューア:יְהוֹשׁוּעַ」、あるいは「ヨシュア」であっても、 LXX訳ではすべて一様に「イエースース」(Ἰησοῦς)と訳されています。ラビ・カドゥリがメシアの名前の啓示を記したメモを自分の死後1年経ってから読むようにと遺言したのは、自分のメモがイスラエルの民(ユダヤ人)に計り知れない影響を与えることを知っていたからだと思われます。彼はイェシュアがメシアであることを信じて眠りについたと私は信じたいですが、もしそうだとすれば、彼はユダヤ人の裏切り者としてのレッテルを貼られることになります。イェシュア(イェホシュア)という名前は、ユダヤ人にとってはタブーなのです。彼らにとって、それは神を冒瀆した人物の名前だからです。そのことを考えるなら、やがて出現することになる「イスラエルの残りの者」は、奇蹟中の奇蹟と言えるのです。

三一の神の霊が、私たちの霊とともにおられます。

2024.10.13
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