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2章3節「神は第七日を祝福し、この日を聖なるものとされた」


創世記2章3節

【新改訳2017】
神は第七日を祝福し、この日を聖なるものとされた。
その日に、なさっていたすべての創造のわざをやめられたからである。

ג וַיְבָרֶךְ אֱלֹהִים אֶת־יֹום הַשְּׁבִיעִי וַיְקַדֵּשׁ אֹתֹו
כִּי בֹו שָׁבַת מִכָּל־מְלַאכְתֹּו אֲשֶׁר־בָּרָא אֱלֹהִים לַעֲשֹׂות׃ פ

1. 2章1~3節の構文

【新改訳2017】創世記2章1~3節
1 こうして天と地とその万象が完成した。
2 神は第七日に、なさっていたわざを完成し、第七日に、なさっていたすべてのわざをやめられた。
3 神は第七日を祝福し、この日を聖なるものとされた。その日に神が、なさっていたすべての創造のわざをやめられたからである。

●2章1~3節の構文は、節が進むにつれて新たな内容が加えられていくという総合的パラレリズムです。1節の「天と地とその万象が完成した」日が、2節では「第七日」のことであり、その日に神は「すべてのわざをやめられた」こと。3節では、神が「その日を祝福し、聖なるものとされた」ことが記されています。1~3節で第七日の全体像が見えて来る構文となっています。

2. 「第七日」の祝福と聖別

●神は第七日を「祝福し、聖なるものとされた」ことが記されています。「祝福する」(「バーラフ」בָּרַךְ)という語彙はすでに22節と28節にあります。それらはいずれも「生き物」(「ネフェシュ・ハッヤー」נֶפֶשׁ הַיָּה)に対するもので、その祝福の内容は「生めよ、増えよ、満ちよ」でしたが、ここでは「第七日」そのものを祝福し、かつ、聖なるものとしているのです。

●「聖なるものとする」と訳された「カーダシュ」(קָדַשׁ)は「聖とする、聖別する」を意味し、以下のように、神の所有(もの)として特別に区別し、分離し、取り分けることを意味しています。

【新改訳2017】出 エジプト記13章2節
「イスラエルの子らの間で最初に胎を開く長子はみな、人であれ家畜であれ、わたしのために聖別せよ。それは、わたしのものである。」

●さらに「第七日」が「聖なるものとされた」ことは、神のご計画における究極の目的と深い関係があります。単に安息日を厳守していればそれで良いという問題ではありません。七日毎に巡ってくる「安息日」が指し示していることは、神のマスタープランの最終ステージにある「永遠の安息」を覚え、待ち望むことです。「永遠の安息」とは、永遠に何もしないということではなく、むしろ、神と人とが顔と顔を合わせながら、共に住むという愛の至福の世界です。

2020.3.19
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