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2章4b節「神である【主】が、地と天を造られたとき・・」


創世記2章4b節

【新改訳2017】
神である【主】が、地と天を造られたときのこと。

【聖書協会共同訳】
神である主が地と天を造られたとき、

ד בְּיֹום עֲשֹׂות יְהוָה אֱלֹהִים אֶרֶץ וְשָׁמָיִם׃

ベレーシート

●創世記1章1節~2章4a節と2章4b節~3章24節は、共通点と相違点に注意を払いながら読むことが重要です。今回の2章4b節だけを見てもそれが明らかです。

①神の名前が「神である【主】」であること。
②「天と地」ではなく、「地と天」となっていること。
③「天」に関する内容がなく、すべて「地」に関する内容となっていること(※すべての空(הַשָּׁמַיִם)の鳥も土から形造られたことが2章19節に記されています)。
④「創造した」(בָּרָא)ではなく、「造られた」(עָשָׂה)と「形造られた」(יָצַר)の動詞が使われていることです。


1. 「神である【主】」

● 創世記1章では「天と地」となっていて、天にあるものについても記されていますが、創世記2章では「地と天」となっており、天に関する記述がありません。もっぱら「地」に関することだけであり、焦点は「地」にあることがあらかじめ示唆されています。「地」にある「大地・土」を意味する「アダーマー」(אֲדָמָה)は「人」を意味する「アーダーム」(אָדָם)と語呂合わせになっています。

●また、創世記1章は「」(「エローヒーム」אֱלֹהִים)であるのに対し、創世記2章4節の後半の冒頭では「神である主」(「アドナイ・エローヒーム」
יהוה אֱלֹהִים)となっています。これは、神の名が「」(固有名詞)であるということです。ちなみに、「神」とは一般名詞です。そもそも、神ご自身が「わたしは【主】である」(「アニー・アドナイ」אֲנִי יהוה)と自己啓示されたのは、以下にあるように、モーセに対してでした。

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●出エジプト記で、主が「わたしは【主】である」と自己啓示されたのは5回です。

【新改訳2017】出エジプト記 6章2節
神はモーセに語り、彼に仰せられた。「わたしは【主】である。」
⇒「自己宣言

【新改訳2017】出エジプト記 6章6節
それゆえ、イスラエルの子らに言え。『わたしは【主】である。わたしはあなたがたをエジプトの苦役から導き出す。あなたがたを重い労働から救い出し、伸ばされた腕と大いなるさばきによって贖う。
⇒「エジプトの苦しみから導き出し、救い出し、贖う【主】

【新改訳2017】出エジプト記 6章8節
わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブに与えると誓ったその地にあなたがたを連れて行き、そこをあなたがたの所有地として与える。わたしは【主】である。』」
⇒「約束の地に連れて行き、土地を所有の地として与える【主】

【新改訳2017】出エジプト記 6章29節
【主】はモーセに告げられた。「わたしは【主】である。わたしがあなたに語ることをみな、エジプトの王ファラオに告げよ。」
⇒「エジプトの王と対決される【主】

【新改訳2017】出エジプト記 12章12節
その夜、わたしはエジプトの地を巡り、人から家畜に至るまで、エジプトの地のすべての長子を打ち、また、エジプトのすべての神々にさばきを下す。わたし【主】である。
⇒「エジプトにさばきを下される【主】

●【主】とはどのような方かをまとめると・・・
【主】は、全能の神だけでなく、約束を誠実に守られる方であり、
神の民をエジプトから贖い出し、約束の地を嗣業として与える方
です。そして、神の敵(死の力を持つサタン)に対してさばきを下される方なのです。このパターンが歴史の中で繰り返えされていきます。

●つまり、【主】(「アドナイ」יהוה)ということばは、イスラエルと深くかかわる神の自己啓示だということです。ですから、2章のアダムを形造った神は、イスラエルを選び、訓練し、壊し、再創造するという含みのある概念だということです。つまり、「神である【主】」とは陶器師である神のイメージです。それは2章から初めて登場する「形造る」という動詞「ヤーツァル」(יָצַר)と深く関係しています(7, 8, 19節)。これについては、「神である主は、大地のちりで人を形造り」という2章7節で再度取り扱いますが、「神である【主】」という語彙が登場してくる創世記2章は、出エジプト記の出来事と深く関連しているということが重要なのです。

2. 2章4b節~3章はすべて「アーサー」(עָשָׂה)

●2章4b節~3章には「創造する」という動詞「バーラー」(בָּרָא)は一切使われていません。使われているのはすべて「造る」の「アーサー」(עָשָׂה)で、7回(2:4b,18,、3:1, 7, 13, 14, 21)です。人も地の「ちり」から造られて、人の「助け手」も人のあばら骨から造られています。すべて原材料があって、それから造られているということです。

付記

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●「主の御名をみだりに唱えてはならない」ということから、ユダヤ人たちはיהוהを「私の主人」という意味の「アドナイ」(אֲדֹנָי)と呼んできました。いずれも四つの子音です。へブル語原典にはיְהוָהと母音が記されていますが、正確にはこれをなんと発音するのかはわからないのです。

●この神聖四文字の最初の「ヨッド」(י)を「手」、「へ―」(ה)を「見る、見よ」、「ヴァーヴ」(ו)を「釘」と解釈することで、「イェシュアの十字架の手と釘を見よ」という贖いの啓示だとする見方があります。さらには、「へ―」(ה)は「見る、見よ」で同じですが、「ヨッド」(י)が浮いている文字であることからイェシュアの空中再臨と解釈し、「ヴァーヴ」(ו)が地についていることから「地上再臨」と解釈します。つまり、キリストの再臨を啓示しているという見方です。前者はキリストの初臨の出来事を、後者はキリストの再臨の出来事を啓示しているということてす。これらの出来事は神のご計画を示す大切な啓示であり、教育的効果のある捉え方です。

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2018.11.29(2019.11.4改定)
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