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4. 列王記概説 第二部「二つの王国の同時的歴史」B(1列王12~2列王17章)

歴史書(1)の目次

4.列王記概説 第二部「二つの王国の同時的歴史」B(Ⅰ列12~Ⅱ列17章)

2. 両王国協調の時期―預言者台頭の時代とオリム王朝壊滅 (Ⅰ列16章~Ⅱ列9章)

(1) オムリ王朝の台頭

①列王記は16章29節より22章40節まで、アハブ王の治世とその時代の出来事について極めて大きなスペースを割いている。ここには分裂王国時代を背景として形成されてきたイスラエルの預言者職の位置付けがある。具体的にはエリヤの活躍であり、その権威はやがてエリシャに受け継がれていく。二人ともオムリ王朝の時代に活躍した預言者である。ところで、オムリ王朝の時代とはいったいどのようであったのか。
 
②<オムリ王朝>
オムリとアハブの父子の時代に北王朝は繁栄する。その成功の要因はシドン(フェニキヤ)との同盟である。ヤロブアム王朝、バシャ王朝時代には対立していた南北は、第三王朝、つまりオムリ王朝のアハブの代になって友好関係を結んだ。ユダの王ヨシャパテはその友好のあかしとして、自分の息子ヨラムの嫁として、アハブの娘アタルヤを迎えた。ところが、このアタルヤとその母イゼベルは、まさに恐るべき女性であった。この同盟のもたらしたツケは宗教面において特に大きかった。アハブとその妻イゼベルは、聖書では北王国の最悪の王、悪妻として評価されている。

(2) 同盟の意図するところ

①〔貿易立国として繁栄をもたらすため〕
アハプの政策は、ダビデ、ソロモン時代の政策の復活であった。シドンとの同盟の効果を最大にするためには、南王国とも平和関係に入って通商貿易の道を大きく開く必要があった。その意味では、アハブは政治面においては北王国のソロモンと言えるほどであり、まさに文明開化をもたらしたのである。

②〔敵アラムの脅威を防ぐため〕

(3) 同盟がもたらした危機

①〔宗教的混交の危険〕
フェニキヤは文化的先進国であった。例えばソロモンの神殿建設において、材料のみならず、建築様式の技術的援助を受けている。それに比べてイスラエルは後進国である。アハブの妻イゼベルはイスラエルの国全体を文化的先進国にするために、母国の宗教をイスラエルに移植しようという野心があった。脚注2 それゆえ、彼女にはフェニキヤの偶像に仕えるお抱え預言者たち850人を迎えている。

②〔弾劾政策の施行〕
こうした風潮に対して猛然と反対運動を起こしたのがイスラエルの預言者たちであった。しかし、イゼベルは夫アハブの尻をたたき、イスラエルの預言者に対する徹底的な弾劾政策へと踏み切らせ、その結果、多くの預言者が投獄、処刑される結果となった(Ⅰ列王18章4節)。

(4) バウル宗教の本質・・偶像礼拝すべてに共通するもの

①〔混交宗教(多神教)〕
A宗教、B宗教、C宗教のそれぞれの良いところを抜き出し集めて作られた宗教。それゆえ信仰は絶対的なものではなくなる。イスラエルの信仰はそのような混交宗教を受け入れる余地のないものであった。

②〔人間性解放の神学〕
a. <欲望の無限肯定>・・この場合の人間性とは、罪に汚染された人間性に他ならない。その人間性が解放するということは、欲望の無限肯定、欲望の絶対化を意味する。
b. <束縛するものからの解放>・・この場合の束縛とは、「~すべし」「~すべからず」という神の律法である。神の律法はまさに人間の欲望を抑圧するものであり、イゼベルに言わせれば、実に時代遅れの、人間性を圧迫し萎縮させるものとなる。この律法の束縛を取り外して、ただ儀式だけのものにすることができればメデタシなのである。日本の宗教のあらゆる儀式を見よ!

③〔象徴する出来事〕
神によって分配された土地はみだりにその所有権を移動してはならなかった。この律法に公然と挑戦した悪質な事件が「ナボテのぶどう畑事件」であった。

(5) 公然と立ち向かった預言者エリヤ

①〔イスラエルの預言者の典型〕
神のことばのみを武器として王に真っ向から対決する神の人

②〔エリヤの神観と対神姿勢〕
「私の仕えているイスラエルの神、主は生きておられる」(Ⅰ列王17章1節)・・「私の仕えている」= 直訳は「私がその御前に立つところの」の意味。エリヤの力の秘密は、常に主の前に立つところにあった。神の臨在を信じ、その中に生きる人であった。それゆえエリヤはアハブの前に立っても、王を少しも恐れなかった。エリヤは王の前に立っている以上に、主の御前に立っていたからである。

③〔カルメル山上の対決〕(Ⅰ列王18章)・・二度にわたって全精力を注ぎ出す戦いであった。一つは点から火を呼び降す戦い、もうひとつは大雨をもたらす祈りの戦いであった。この戦いでバアルの預言者たちはみな殺された。

(6) 預言者エリヤと後継者エリシャの登場

①<燃え尽きたエリヤ>(19章)
a.〔イゼベルの脅迫〕
敗北が99パーセント確定している中でも、次の打つ手を考えることのできた超人的な猛女(19章2節)。
b.〔エリヤの反応〕
「彼は恐れて立ち」→原典「彼は見て立ち」。いったい彼は何を見たのか。

b-1 事態の急変・・・・民衆の急変。民衆は、かつてのイゼベルの容赦ない宗教弾圧を思い出し、恐怖に襲われた。
b-2 失望落胆の霊・・・「主よ、もう十分です。」(4節) 今までの苦労は全部、水泡に帰したという敗北感。

c.〔エリヤの失意の原因〕(10、14節のつぶやきから)

c-1 熱心さ・・・激しい緊張の後に襲う空虚感。カルメル山での世紀の対決において、多大な打撃を与えたにもかかわらず、何の影響もイゼベルに与えていなかったことを知った空しさ、そして厭世観。脚注3
c-2 自分だけが・・・・忠実に責任を果たしているのは自分だけではないかという思い。自分がいなければこの国はどうにもならないという意識。この自我が崩れる時、虚無感に襲われる。

②<エリヤに対する新しい啓示>
a. エリヤの新たな使命・・偶像に対する戦いを継承する者たちに対して油を注ぐ。具体的にはアラムの王ハザエル、オリム王朝の将軍エフー、脚注4 そして自分の後継者エリシャである。オムリ王朝が北イスラエルの民の宗教性に与えた悪影響ははかりがたものがあった。そのオムリ王朝を倒すべき人物として有望視されたのが将軍のエフーであった。また預言者エリシャは多数の弟子を作り、その影響力を民衆の間に浸透させていった。イゼベルによって導入された邪悪なバアル礼拝とオムリ王朝はやがて壊滅する。
b. 残りの者の思想・・・神はエリヤに偶像バアルにひざをかがめない者たちが7千人いることを知らせた。その中には<預言者のともがら>も含まれていたと考えられる。

③<後継者エリシャという人物と召命について>
エリシャがエリヤの弟子となったのは、疑いもなく青年の日のことである。彼はいつもの通り農作業に精を出していた。12のくびきの牛を使っていたというから、彼の家は裕福な農家だったに違いない。少なくとも11人の使用人が畑で耕していたと思われる。そこに突然、後ろから自分の肩に外套がかけられたので驚いた。振り向くとそこにエリヤがいた。・・・・
この「外套をかける」という行為の意味は何か? これは私の弟子となれという、否「神のしもべとして献身せよ」という召命を象徴する行為である。さらには「私の後継者になるのだ」という意味もエリシャは感じたかも知れない。考慮、思案、検討・・そうした人間的選択の余地のない召命であり、従うか、然らずんば、拒むかという神の意志の厳粛な迫りであることをエリシャは悟った。こうして資産家の家の跡取りたる権利を捨てて、家族や知人に献身の決意をハッキリと告げて袂を分ち、エリシャはエリヤに従ったのである。つまりここにエリシャはエリヤの弟子、従者となったのである。脚注5
後継者となることは、何よりもまず忠実な従者になることによって資格づけられる。よい例はモーセにおけるヨシュアである。この「従者→後継者」という図式には正当な理由が存する。
エリヤの外套、それはエリシャの召命の日、象徴的に一時エリシャの肩にかけられたが、その後はなおもエリヤの身を覆うものであった。しかしこの日、すなわちエリヤの昇天の日に、それはまさしく師の形見としてエリシャに譲り渡された。それは単なる物品の譲渡ではなく、この日、エリシャは師の霊の遺産を間違いなく継承したのである。

④<後継者エリシャに託された使命は何か>
イスラエルには様々な預言者的集団があった。王のお抱え預言者たちは、主の名によって語ると称しながら、王の気に入りそうなことを言うだけの「お雇い預言者」であった。そうした職業的預言者に対して、真の預言者は王を批判することをもためらわない。もし王が主の御旨に背くなら、即刻、起って警告を発し、それに聞かなければ非難をも敢えてする。このような真の預言者の系譜をエリヤから受けて後代に継承せしめること、これがエリシャに託された使命であった。こうした働きのために、エリシャは師エリヤが与えられていた霊の力を二倍与えられることを願った。そしてその願いは答えられた。

画像の説明


脚注2 
イゼベルはフェニキヤにあるツロとシドンの祭司である王エテバウルの娘であり、政治的同盟のためにアハブと結婚した(Ⅰ列王16章31節)。彼女はバアルの信奉者として、450人のバアルの預言者と、400人のアシュラの預言者を抱えており(Ⅰ列王18章19節)、主の預言者たちを迫害して殺した(Ⅰ列王18章4節)。彼女は異邦の絶対的専制君主の考え方でナボテの謀殺し、そのぶどう畑を取り上げた(Ⅰ列王21章1~16節)、後に、主はエフーの手によってイゼベルに血の報復をした(Ⅱ列王9章7節、30~37節)。

脚注3
「燃え尽き症候群」について。この「燃え尽き」という用語は1970年代の中頃、米国の精神科医、H・J・フロイデンバーガーが使った。その用語の定義は「自分をささげてきた仕事、生き方、対人関係など結果が期待はずれに終わることによりもたらされる疲労、あるいは欲求不満の状態」である。燃え尽き症候群に陥る傾向の人は、設定した目標に向かって努力するタイプの人。真面目で、誠実な人が多い。気楽で、のんびりしている人は燃え尽きることはない。「過労死」は「燃え尽き」の終局点である。

脚注4
エフーはオムリ王朝を壊滅すべく、預言者エリシャの弟子からも油注ぎを受ける。北イスラエルの王で預言者から油注ぎを受けたのは、唯一エフーだけである。エフーの王としての業績は、アハブ王朝に対する神のさばきを行ったことと、バアル礼拝を根絶したことである。しかしヤロブアムが導入した金の子牛礼拝はやめなかった(Ⅱ列王10章29節)。なぜなら、エルサレムでの真の神礼拝を奨励すれば、自分が得た地位が危うくなることを恐れたためである。

脚注5
「東洋的な教育法>」と「西洋的な教育法」:(千代崎秀雄著『主の前に立つ』より)
東洋的な教育法は「師→弟子」関係による教育法である。武芸にせよ芸能にせよ、およそ芸というものはこの教育法といえる。つまり、師につく、弟子入りするという場合、師は決して知識を伝える講義などはしない。弟子はもっぱら水汲み、薪割、炊事、洗濯、そして師匠の肩や腰を揉まされる。なんのことはない無給無休の雑役婦(夫)である。ところが、こうして日常絶えず師に接している中で非言語的情報による伝達、蓄積が知らず知らずのうちになされていく。およそ名人と言われるような人はそのようなところがある。その師の一見なんでもない行動、身のこなし、なにげない一言が積み蓄えられて、あるレベルに達したときに、ある日突然、目が開かれたように弟子は「極意」悟るのである。

これに対し、西欧的教育は言語的情報に偏る傾向がある。この種の教育で伝わるのは、主として知識であって、教育する側の生き方が伝わるという教育の本質は見過ごされる危険がないではない。信仰の世界において特にこのことは重要だと思われる。講義やゼミによっては「神の人」はつくられない。神の人に接することによってしか、神の人は創られない。エリヤとエリシャの関係はそういうものだった。「常住坐臥」「寝食をともにする」このことばがいかにもピッタリする生活を、エリヤのそばでエリシャは何年送ったことだろうか。次にエリシャが聖書に登場するのは、Ⅱ列王2章、まさに後継者エリシャが確定する場面である。


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