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Ps32の「かかわりの構造」

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詩篇32篇の「かかわりの構造」


  • 詩篇32篇の3節~7節と、8~9節にある第一人称の表記を、新改訳聖書では前者の部分を「私は」、後者を「わたしは」と使い分けています。新改訳の表記では「私」と表記されている場合は人間の「私」であり、神の場合には「わたし」と表記しています。ですから、以下のような図として考えられます。

画像の説明


  • ただひとつ問題なのは。8節に「わたしは、あなたがたに悟りを与え」とあるように、「あなたがたに」と二人称複数として訳されていますが、原文では「あなた」(単数)です。しかし、原文の9節では「あなたがたは悟りのない馬や騾馬であってはならない」とあり複数になっています。「わたしが」が目を留めて、道を教え、助言を与えようしている相手は、明確に「あなた」(神に向かって呼びかけている)なのです。
  • 1~2節、および10~11節の二つの部分は、「人称なき存在の声」であり、「私」と「あなた」のかかわりを支えるところの聖霊の声とみなすことができます。

2012.12.17


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