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Ps77の「かかわりの構造」

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  • 詩篇77篇の「かかわりの構造」はきわめて単純です。「神」は終始、沈黙しており、「私」だけが神に向って訴え、問いかけ、あるときは自分に向って自問自答しています。そうしているうちに霊的な目が開かれるようになった注目すべき詩篇です。

Ps77

  • 「神」と「私」を支えている「人称なき存在」はこの詩篇では隠れています。しかしそれは「私」の瞑想を導き、次第に正しい方向へと向かわせています。この「人称なき存在」こそ、新約時代に明らかにされる「聖霊」です。この方なしに私たちは神との正しいかかわりを築くことはできません。旧約においては、この「聖霊」は特定の人に、また一時的にのみ与えられていましたが、新約においては、御父と御子からの賜物として御子イエスを信じる私たちにいつもそっと寄り添って真理を教え、たとえ苦難の中にあってもその中を貫くことのできる慰めと励ましを与えてくれます。なぜなら、この方の真の役割は、御父の愛が常に変わることなく私たちに注がれていることを確信させてくれる存在だからです。その意味で、この方は「パラクートス」παράκλητος(傍に呼ばれた者)、「慰め主」、「助け主」、「援助者」、「弁護者」と呼ばれます。
  • 瞑想の極意とは、この「パラクレートス」παράκλητοςの助けによって、神とのゆるぎないかかわりを築いていくことなのです。

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