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礼拝用語Ps48

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詩48篇「思い巡らす」 דָּמָה ダーマー

〔カテゴリー祈り・瞑想〕

9節「あなたの恵みを思い巡らしました。」(新改訳)
9節「あなたの慈しみを思い描く」(新共同訳)

Keyword; 「思う、思い巡らす」 think

  • 「思い巡らす、思う」と訳された「ダーマー」(דָּמָה)は、本来、「似ている、考える、比べる、なぞらえる。たとえを語る」といった意味の言葉です。そこから「しみじみ追想する、思いめぐらす」という意味が派生しているようです。新共同訳の「思い描く」という訳は、このことばの本意を突いているように思います。
  • 「味を描く」という表現を聞いたことがあります。ある味とある味とを合わせるとこういう味になるということを、あらかじめ頭の中で想像する能力のようです。音楽の世界でも偉大な音楽家はみな「音を描ける」人たちであったと考えられます。彼らは楽器と楽器を組み合わせるとこんな響き、こんな感じになるということが分かる能力―つまり、音を描くことができたのです。
  • 詩48篇の作者も、神の恵み、神の慈しみーloving-kindness/ steadfast love/ constant love―を「思い描く」能力を持っていたようです。この能力とはどんな能力なのでしょうか。主イエス・キリストこそ、神の恵み、神の確かな愛、変わることのない愛を思い描き、多くのたとえで語りました。使徒パウロも、神の愛の「広さ、長さ、高さ、深さ」を描くことのできた人です。そのパウロが「神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。」(コリント第一、15章10節)と述べています。
  • 使徒パウロは、神の恵みがいかなるものかということだけでなく、それがあらゆる領域にどのような形で現わされるかを思い描くことのできた人です。そしていつも人々に神の恵みを説くことのできた人です。それは、神の恵みこそ人を変える力があることを彼自身が経験したからです。熱心に律法を学び、律法に厳格に生きてきた彼は、律法には人を新しくする力がないことを知らされたのです。
    (1) 一人の例外もなく、すべての人を救う神の恵み
    (2) 高価な神の恵み、しかも、無代価
    (3) あふれ出す神の恵みー惜しみなく施す
    (4) 人々の間に愛のかかわりをもたらす神の恵み
    ―そのような神の恵み、神のいつくしみを、詩篇の作者のように「思い描く」ことのできる者とされたいものです。
  • 瞑想用語の類義語としては、

    ①「ビーン」(בִּין) ②「ハーガー」(הָגָה)
    ③「ザーハル」(זָכַר) ④「ハーシャヴ」(חָשַׁב)
    ⑤「スィーアツハ」(שִׂיחַ)があります。

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