瞑想Ps126/C
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- 瞑想のキーワードを4節とします。
「【主】よ。ネゲブの流れのように、私たちの繁栄を元どおりにしてください。」
- 1節では「主がシオンの繁栄を元どおりにされた」ことが記されていますが、4節では「主よ。ネゲブの流れのように、私たちの繁栄を元どおりにしてください。」と嘆願しています。すでにシオンの繁栄は回復されましたが、「私たち」、つまり神の民の回復はまだなされていなかったのです。
- シオンの繁栄が元どおりにされた時期をいつとみなすかが問題です。バビロン捕囚も4段階にわたってなされており、バビロンからの帰還もいくつかの段階で成されています。
- 預言者エレミヤが「バビロンに70年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこのところに帰らせる。」(エレミヤ29:10)とあるように、その70年を、神殿が崩壊してバビロンの捕囚となったBC586から、神の民がエルサレムに帰還して神殿の工事が完成したBC515年、ほぼその期間70年とみなして良いと考えます、
- 詩篇126篇がつくられた時期も神殿が再建された後とみなすことができると思います。しかし、バビロンから解放されて、神殿の器具と再建の資材も与えられて帰還して、多くの困難や妨害があるなかで、神殿が再建されたことはまさに「夢を見ている」ようだと言っても過言ではありません。それは本当に驚きの出来事でした。しかし神殿の回復がなされたとしても、神の民の再建はそう簡単なことではありませんでした。神殿の再建以上に困難な事業と言えます。このことを扱っているのがエズラ記、およびネヘミヤ記です。
- 神の民の再建にどのように取り組んだのか、それは神のトーラーを通してです。すでにバビロンの地においても神のトーラーへの開眼は成されてきました。しかしそれはごく一部の人たちであったろうと推測します。神の民が真の神の民として再建されるためには、神のトーラーに対する従順が必要でした。そのためには厳しく扱われるべきところも多かったのです。エズラを始めとする指導者たちはそのことを実行していきました。
- 神の民の回復、神の民の再建はいつの時代においても優先されるべき課題です。神の宝の民として、神の聖なる国民としてのアイデンティティを確立するために、今日に生きる私たちも、「主よ。ネゲブの流れのように、私たちの繁栄を元どおりにしてください。」と祈らなければなりません。