****** 詩篇は、神と私たちの生きた関係を築く上での最高のテキストです。******

(1) 「フランシスコ会訳聖書」による解説より引用抜粋


(1) 「フランシスコ会訳聖書」による解説より引用抜粋


●紀元前323年にアレキサンドロス大王が没して後、かれによって築かれたギリシア大帝国は四分五列し、互いに争うようになった。そしておよそ40年にわたって相次いで起こった戦争の後、二つの勢力だけが勝ち残り、それぞれ東地中海に面する国を治めるようになった。そしてかれらもやがてローマ帝国に征服されるのである。

●この二つの勢力とはシリヤとエジプトである。シリヤでは、セレウコスがアンティオキアを首都として支配権を握り、いわゆるセレウコス朝をつくりあげた。これに対してエジプトでは、プトレマイオスがアレキサンドリアを首都にして、勢力を握っていた。この二つの勢力の間にはさまれて、パレスチナは、ときにはプトレマイオスの支配下に、ときにはセレウコスの支配下に置かれるといったうめきにあった。しかし紀元前200年の少し後からは、アンティオコス3世の有力な政策によって、シリアの支配下に置かれることになった。

●さてアンティオコス3世とその後継者セレウコス4世ハ、特にユダヤ教に対する妥協政策をもって、ユダヤ民族の行為を得ようと努めた。しかしアンティオコス4世の代になって、政策は一変した。かれは自分をエピファネス(「現神」の意)と称して、力をもってギリシア主義の普及に努め、ギリシアの異教に基づく祭政一致の政策をとった。そしてユダヤの民族もアンティオコス4世のこの政策に従わなければならなかった。これはモーセの律法に忠実なユダヤ人にとっては憎むべきことであり、かれらの社会生活と宗教生活をつくがえすものであった。しかし、この政策に対するユダヤ人の反響は同一ではなかった。かなり多くのユダヤ人がギリシア主義に走ったのである。

●マカバイ記といわれる本書は、当時ユダヤの一家族が先祖代々伝えられたユダヤ教を忠実に守るために団結し、アンティオコス4世の命令に反対して戦ったことを物語るものである。かれらは、ギリシア主義化したユダヤ人を徹底的に排斥すると同時に、セレウコス王朝の支配からのがれるために、たえず戦った。

●この闘争の結果、ユダヤは統一を確立したが、これは、律法に忠実なかれらユダヤ人の熱情と勇気、わけてもユダ・マカバイとその兄弟たちの卓越した指揮によるものであった。なおシリア帝国の内乱がユダヤ人の勝利を助けたことはいうまでもない。シリア帝国の内乱とは、アンティオコス4世の死後に起こった王位継承にまつわる争いである。

●「マカバイ」という名称は、主人公マタティアスの子ユダをはじめ、そのすべての兄弟に与えられた名である。ユダヤの伝承では、マタティアヌス家は「ハスモネまたはアスモナイの子孫」という名でも知られている。

●本書の中に記述された年代から、本書の取り扱う出来事の年代を容易に知ることができ、それが前180年から前130年の間に起ったものと推定することができる。




2015.12.8


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