****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

(2) 「バルバロ訳聖書」による解説より引用抜粋


(2) 「バルバロ訳聖書」による解説より引用抜粋


●ヘブライニズムは西暦前二世紀の半ばころヘレニズム文化と衝突したが、その戦いがマカバイの上と下の二書の主題となっている。マカバイという書名は国家的改革を初めて組織したマタティアの子ユダ7のあだ名(マカバイ上2・4)から出ている。この名はユダの兄弟たちばかりではなく、マタティアの家族とはなんの関係もない七人のマカバイ兄弟(マカバイ下7・1以下)をはじめ、当時の戦争をさすためにも、またこの本の名としてもひろく用いられた。

●旧約聖書にはマカバイの書が二つあるが、この二つは相互に関係がない。上の書と下の書の作者は別の人で、上の書の作者は下の書を知らず、下の書の作者は上の書を知らなかった。だから、上の書り続きが下の書だと考えてはならない。

マカバイの上の書は当時の歴史と、宗教迫害の始まりと、熱心なユダイズムの支持者たちの最初の革命運動をしるす導入部分(1・1~2・72)で始まっている。中心部は引き続いて解放運動を指導したマタティアの三人の子の行動を記す・・・

●こうしてこの本は前175のアンティオコ・エピファネの即位から前134年のシモンの死までの40年間の歴史である。・・戦争と政治的策略は長く記されていても、作者が書きたいのは宗教の歴史である。彼はユダヤ人の上にふりかかった災難を罪の罰と考えている。また彼が記している英雄たちの勝利は神の保護によるものであることを教えようとした。・・異教徒の文化の影響と先祖の慣習の衝突によって揺らいでいる信仰を示のが作者の目的である。作者はヘレニズムの徹底的な敵であり、律法と神殿のために戦いユダヤに宗教の自由とやがて独立も勝ち取った英雄をたたえている。

●この本が記されたのは、・・前135年以前ではなく、・・前63年以後りものではない。


マカバイの下の書は上の書の続きではない。・・下の書の内容はわずか15年の歴史で、上の書の1章から7章までが並行している。

●作者の目的は歴史よりも宗教であるようである。マカバイのユダが指揮をとり天の現れによって支えられ、神の御手によって勝利をえた解放の戦いを語る作者は読者を楽しませると同時に教育しようとしている(2・25~15・39)。迫害そのものは自分の民をこらしめる神のあわれみの現れだとされている(6・12~17)。この本はアレキサンドリアのユダヤ人のために書かれて、その目的はエジプトにいるユダヤ人にパレスチナのユダヤ人と一つのものであるという精神を目ざめさせ、ユダヤ人の宗教生活の中心である神殿に対するエジプトの人たちの関心を呼びさますことである。

●この本の第一部(4・1~10・8)は神殿を汚した迫害者アンティオコ・エピファネの死と、神殿献聖の日を定めたこととをもつて終わる。この本の初めにのっている二つの手紙(1・1~2・8)はエジプトにいる同胞に、ともに献聖の祝日を行うようにと勧める手紙である。

●この本は前124年後に記されたものである。




2015.12.7


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