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「仰せつける」

詩119篇(1) 「仰せつける 」צָוָה ツァーワー

〔カテゴリー愛顧〕

4節「あなたは堅く守るべき戒めを仰せつけられた。」 (新改訳)

Keyword;「仰せつける、命じる、定める」command, direct, order, lay down,
119:4, 138/7:6/33:9/42:8/44:4/68:28/71:3/78:5, 23/91:11/105:8/111:9/148:5

  • 「仰せつける」と訳されるツァーヴァーצָוָהは、旧約で502回、詩篇では15回。その15回のうち詩119篇2回使われています。この動詞が聖書の最初に出てくるのは、創世記2章16節です。「神である主は人に命じて仰せられた。『あなたは園のどの木からも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。』の「命じて」がツァーワーצָוָהです。これは大切な命令として神が人のもとに置かれた教えでした。そこには人として生きる大切な教えを導くものでした。しかし、人はその神である主の教えを守ることなく、それを食べたのでした。
  • 善悪の知識とは、自分で善悪の基準を決めることであり、それはまさに神のように生きることを意味します。神を信頼して従順に生きことの大切さが、神の命じる仰せの中に込められていましたが、それがないがしろにされてしまうことが起こりました。これが原罪と言われるものです。
  • 神が私たち人間に仰せられる命令―そこには最も大切な事柄が含まれているのですが、私たちの方がそれを理解できないのです。アダムは神が「食べてならない」と命じておいた木から食べたことで、土地は呪われ、一生、苦しんで食を得なければならなくなり、その行く末は、ちり帰らなければならなくなってしまいました。
  • 詩119篇4節の「あなたは堅く守るべき戒めを仰せられた」とあるのは、まさに神の恩寵なのです。人間の高慢は人からも神からもなんら指図されたくない、自分の思いのままに生きたい、それが自由だと錯覚していますが、神からの「堅く守るべき戒め」を知らずして、真の自由は得られないのです。ですから、詩119篇の作者は、このことを正しく受留め、感謝しているのです。同119篇138節には「あなたの仰せられる(צָוָה)さとしは、なんと正しく、なんと真実なことでしょう。」と告白しています。
  • モーセは神と人とが会見できる幕屋(あかしの幕屋とも呼ばれます)を造るように命じられました。幕屋には神が私たちとかかわりをもたれるためのありとあらゆる知識がそこに隠されています。それゆえ、モーセは神が命じられたとおりに造らなければなりませんでした。
  • ツァーワーצָוָהのギリシア語訳はディアタッソー(διατασσω)です。使徒パウロはこのことばを使って、「主も、福音を宣べ伝える者が、福音の働きから生活を得るように定められておられます(διατασσω)」(Ⅰ コリント9:14)と述べています。

神の命令は「命令」ではありません!(ジェフ・A・ベナー)

●英語の「命令」または「戒め」の定義は、将軍が部隊に行うように「権威をもって指揮する」または「命令を与える」ことです。そして、もし私たちが、私たちの神である主が私たちに命じられたように、これらのすべての戒め(ミツワー)を主の前に守るなら、それは私たちの義となるでしょう。申命記6:25(KJV)

●上記の文章にあるヘブライ語のמצוה ( mitsvah 、ストロング #H4687)の意味は命令でしょうか。神は私たちに従うように命令しているのでしょうか。それとも、古代ヘブライ人はこの言葉を何か違う意味で理解しているのでしょうか。

●そして私たちはホレブから出発し、アモリ人の山の道であなたがたが見たあの広大で恐ろしい荒野を歩き、私たちの神である主が私たちに指示したとおりに(ツァヴァ)、カデシュ・バルネアに着きました。申命記 1:19

●上記の「指示する」という言葉は、動詞צוה で、 mitsvahという言葉の語源です。翻訳者は通常、この言葉を抽象的な言葉である「命令」と翻訳しますが、よりヘブライ的な定義は「指示する」であり、具体的な概念で「道を示す、または指し示す」という意味です。神は命令を吠える一般的な存在ではなく、ガイドです。神は私たちのガイドであり、彼のmitsvah は、詩篇 119 のいくつかの節に見られるように、私たちを彼の道に導くための指示です。

●私は心を尽くしてあなたを求めます。あなたは私をあなたの導き(ミツヴァ)から迷わせないようにしてくださいます。第10節
あなたは私の心を広げてくださったので、私はあなたの指示(ミツヴァ)の道を走ります。32節
あなたの導きの道に私を導いてください。そこに私の喜びがあるのです。35節
私は迷い出た羊のように迷っています。あなたのしもべを捜してください。そうすれば、あなたの指示(ミツヴァ)を忘れることはありません。176節

●ヘブライ語のミツワーを翻訳するのに使われる聖書のギリシャ語はentole で、これは「中に」または「とともに」を意味する en と「終わり」または「目標」を意味する telos を組み合わせたものです。entoleは、文字通り「目標を持って」を意味し、方向としてのミツワーに対するヘブライ人の理解と非常によく似ています。イエスはミツワーに関して質問されました。

●ラビ、教えてください。教え(トーラー)にある偉大な指示(エントーレ/ミツヴァ)とは何ですか? 彼は彼に言いました。「『そして、あなたは心を尽くしてあなたの神である主を愛しなさい。』これが第一です。第二もこれと同様です。『そして、あなたは隣人をあなた自身のように愛しなさい。』そして、この二つの指示(エントーレ/ミツヴァ)にすべての教えと預言者がかかっています。」マタイ22:36(この翻訳はシェム・トーブ・ヘブライ語マタイからのものです)


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