****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

アモス書の瞑想を始めるに当たって

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0. アモス書の瞑想を始めるに当たって

  • ペンテコステ系の教会に属する人で「ダビデの仮庵」とか、「ダビデの幕屋」といったことばを聞いたことのない人はいないと思います。福音派の教会に属する人の多くは聞いたことがないかもしれません。これはアモス書の9章にあることばです。そこにある預言のことばを引用して用いたのは、エルサレム教会会議で議長を務めたヤコブです。

【新改訳改訂第3版】アモス書9章11~13節
11 その日、わたしはダビデの倒れている仮庵を起こし、その破れを繕い、その廃墟を復興し、昔の日のようにこれを建て直す。
12 これは彼らが、エドムの残りの者と、わたしの名がつけられたすべての国々を手に入れるためだ。──これをなされる【主】の御告げ──
13 見よ。その日が来る。・・


旧約聖書では、新改訳が「ダビデの仮庵」と訳していますが、口語訳は「ダビデの幕屋」と訳しています。


【新改訳改訂第3版】使徒の働き15章15~17節

15 預言者たちのことばもこれと一致しており、それにはこう書いてあります。
16 『この後、わたしは帰って来て、倒れたダビデの幕屋を建て直す。すなわち、廃墟と化した幕屋を建て直し、それを元どおりにする。
17 それは、残った人々、すなわち、わたしの名で呼ばれる異邦人がみな、主を求めるようになるためである。


新約聖書では新改訳も口語訳も新共同訳もみな「ダビデの幕屋」と訳しています。ちなみに、「ダビデの幕屋」というフレーズは旧約では他にイザヤ書16章5節にしかありません(口語、新共同訳)。


  • 預言書の内容には必ずと言ってよいほど、神のさばきと回復の預言があります。アモス書の回復の預言は、最後の最後に語られます。それまでずっと人間の重く、そして深い闇が訴えられます。それだけに、最後のイスラエルに対する回復の預言は一条の光として輝きます。その光は、初代教会のヤコブを通して、神のご計画にある光の種として再度啓示されましたが、その光が燦然と輝くのはメシア王国が到来してからのことなのです。したがって、「ダビデの幕屋の回復」とは、単にダビデが目指した礼拝の形態(スタイル)の回復ということだけではすまない事柄です。なにゆえに、北イスラエルに対して語ったアモスが「ダビデの幕屋の回復」について語ったのか。そこに神のヴィジョンの骨頂があります。これはメシア王国における神の主権的な祝福、ないしは、神のヴィジョンの成就を十全に表わす象徴的な語彙と言えるのです。「御国の福音」という視点に基づく正しい理解がなければ、この「ダビデの幕屋の回復」の秘密が開かれることはないのです。
  • ところで、聖書のある書を瞑想するに当たって、おおよその外観をつかんでおくことは必要です。それは自分が出かける場所の地図を持つようなものです。地図だけでは旅の実際の面白さは味わえませんが、旅は地図を見ることからすでに始まっているのです。ここでは以下の地図をもって瞑想の旅に出かけたいと思います。

(1) 諸国に対する神の審判(1〜2章)
(2) イスラエルに対する神の審判(3〜6章)
(3) イスラエルに対する神のご計画(7〜9章)


もう少し詳しい地図にするならば、五つの区分にすることもできます。
(1) 序文(1:1~2)
(2) イスラエルの周囲の諸国民に対する主のさばき(1:3~2:3)
(3) ユダとイスラエルに対する主のさばき(2:4~16)
(4) ヤコブの家と主との論争(3:1~9:10)
(5) イスラエルの回復とダビデの幕屋の回復(9:11~15)

テコア.JPG
  • 「アモス書」は、アモスという預言者が実際に語ったものを記述したものです。アモスのプロフィール情報は、1章1節、および、7章14~15節にあります。
  • 1章1節によれば、彼の故郷はエルサレムの近くにある寒村「テコア」(右の地図参照)です。ユダに住むアモスが主に語った対象は北イスラエルです。預言者ヨエルは南ユダ王国に対して神のことばを語りましたが、アモスはユダの出身でありながら、北イスラエルに対して神のことばを語りました。
  • しかもアモスが「私は預言者の仲間でもなかった。」(7:14)と述べているように、人間的には「孤立無援の預言者」です。言うなれば、どこの団体にも所属せず、神学校にも行かず、単独で神のみことばを学び、そして語った孤高の預言者です。だからこそ、因習や体制にとらわれることなく、大胆に、北イスラエルに対する神の厳しいメッセージを語ることができたのかも知れません。日本でいえば、内村鑑三のような人です。
  • さらにアモスは「私は牧者であり」と述べています。つまり「羊飼い」の生活をしていたということです。当時の社会において、羊飼いたちは社会の最下層に属しました。南ユダの羊飼いであるアモスが北イスラエルに行き、しかも最高の聖所とされたベテルの祭司長アマツヤに対して対して神のことばを語ったのです。アマツヤとアモスとは、当時の社会的身分から見る時、最上層と最下層を代表する者であったということです。
  • 最後に、アモスは「いちじく桑の木を栽培している」とも述べています。羊飼いといちじく桑を栽培するとは、二つの仕事をしているということになります。
  • ちなみに、「いちじく桑の木」と「いちじくの木」とは異なります。これら二つの木の系統は異なるようです。「いちじく桑の木」は「いちじくの木の実」と似た野生の実を結びますが、渋くて食べられませんが、その実に針で一つひとつ突いて穴をあけ、その穴にオリーブ油を塗るといちじくのように甘い実となるようです。取税人のかしらであったザアカイがイェシュアを見るために登った木は、「いちじく桑の木」でした(ルカ19:3)。
  • 問題は、「羊飼い」と「いちじく桑を栽培する」というこの二つの仕事がどのようにして両立できるのかという謎です。これについては、リュ・モーセ著「ー聖書に潜む植物のストーリー『聖書の世界が見える』」(植物編、ツラノ出版、2011年)の84~86頁を参照のこと。

2015.2.3


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