****** 詩篇は、神と私たちの生きた関係を築く上での最高のテキストです。******

シオンに据えられた一つの石

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122.  シオンに据えられた一つの石

【聖書箇所】 イザヤ書 28章16節

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【読み】
ヒネニー イッサド ベ・ツィヨーン アーヴェン エヴェン ボーハン ピンナット イケラット ムーサード ムッサード ハンマアミーン ロー ヤーヒーシュ

【文法】
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【翻訳】

【新改訳改訂3】
(だから、神である主は、こう仰せられる。)「見よ。わたしはシオンに一つの石を礎として据える。これは、試みを経た石、堅く据えられた礎の、尊いかしら石。これを信じる者は、あわてることがない。
【口語訳】
(それゆえ、主なる神はこう言われる、)「見よ、わたしはシオンに/一つの石をすえて基とした。これは試みを経た石、堅くすえた尊い隅の石である。『信ずる者はあわてることはない』。
【新共同訳】
(それゆえ、主なる神はこう言われる。)「わたしは一つの石をシオンに据える。これは試みを経た石/堅く据えられた礎の、貴い隅の石だ。信ずる者は慌てることはない。
【岩波訳】
(それゆえに、主ヤハウェは、こう言われる、) 「見よ、わたしはシオンに、一つの石を礎として置く。これは、試みを経た石、礎を置かれた基礎の、尊い隅石。信ずる者は、あわてることがない。
【NKJV】
Therefore thus says the Lord God: "Behold, I lay in Zion a stone for a foundation, A tried stone, a precious cornerstone, a sure foundation; Whoever believes will not act hastily.
【NIV】
So this is what the Sovereign LORD says: / "See, I lay a stone in Zion, / a tested stone, / a precious cornerstone for a sure foundation; / the one who trusts will never be dismayed.

【瞑想】

上記のテキストでは「それゆえ、神である主は、こう言われる」という文を省いています。語っているのは神ご自身ですから、「彼は据える」という部分は「わたしは据える」と訳されます。

「石」(エヴェン)は土台石のことで、旧約時代の建築法では、家の重量が全部そこにかかるような、要となる大きな石を礎として置きました。イザヤはこの石の特徴を以下のように述べています。
(1) 「試みを経た石」とは、使用に十分耐えうる試験済みの石という意味。
(2) 「堅く据えられた石」とは、不動の石という意味。
(3) 「尊いかしら石」の「尊い」とは「最もすぐれた」という意味。
(4) 「信じる者はあわてることがない」とは、この石(メシア)に信頼する者は、絶対的に安心を得ることが出来ること、恥をこうむることがないという意味。

この節は、やがて到来するメシア王国の概念を見事に表わしたものと言われています。しかも、神御自身が永遠の統治の礎をシオン(エルサレム)に置くことが預言されています(イザ28:16)。
ちなみに、「石」はאֶבֶן 「子」はבֵּןで、神の御子イエスがその「石」となることがかけられているとも言えます。

ダニエル書2章で、ネブカデネザルの見た夢が記されています。巨大な像で、頭は純金、胸と両腕が銀、腹と股は青銅、すねは鉄、足の一部は鉄、一部の粘土でした。人の形をしたこの像は、見かけは巨大ですが、構造が非常に不安定で、下部に至るほど軽く、もろいものでした。この巨大な像に象徴されているのは、頭の純金がバビロン、次いで胸と両腕がそれぞれメディアとペルシャ、腹と股はギリシア、そしてすねはローマです。この世を代表するこれら四つの王国はすでに歴史の中で滅びています。しかし、最後の鉄と粘土で出来た足の部分はこれからの時代のことです。

上記の四つの国は歴史の中にすでに消滅してしまいましたが、これらの国はすべてイスラエルと密接な関連を持っていたことが重要です。A.D.70年、ローマによってエルサレムの神殿は完全に破壊されて、神に選ばれた民、ユダヤ人は世界各地に離散してしまいます。そこから歴史の時計は止まっているのです。イスラエルの地はやがてオスマントルコ帝国に支配され、後にイギリスがそこを支配するようになりました。地は荒れ果て、不毛の地と化しました。ところがA.D.1948年、だれも想像していなかった出来事が起こりました。荒れ果て、不毛の地と化した地にイスラエルという国が再建した出来事です。つまり、主権国家としてのイスラエルが建国したのです。1900年間も世界に離散していたユダヤ人たちが、それ以来、世界の各地から集まるようになりました。これは預言の成就の型です。今の所、彼らはメシアに出会っていませんが、終わりの時代のカウントダウンが始まったことを意味しています。A.D.70年以来止まっていた歴史が再び動き始めたのです。

巨大な像の足の部分、「鉄と粘土」で出来た足と10本の足指は、やがて人間が作り出す連合を意味しています。すでに欧州(ヨーローッパ)ではさまざまな連合体が作られています。それは「終わりの日」には、足の指の数と同様に、10の連合体に絞られていくのです。神の視点から見れば10本の角を持つ獣です。ネブカデネザルの見た夢は、人間が建て支配した国々を強大な像で表わしていますが、それは人間の視点から見たものであり、神の視点からこの像を見るならば、おぞましい「獣」と見られているのです。この獣を束ねるのが反キリストと言われる存在です。ユダヤ人はこの反キリストによって3年半の大患難時代を経験することが預言されています。

しかし、ネブカデネザルの見た夢に戻りますが、「人手によらずに切り出された一つの石」が、鉄と粘土で出来た足を叩き、粉々に砕きます。そしてやがてこの「石」は大山となって全地を覆うのです。ここに登場する「人手によらずに切り出された一つの石」とは、やがて到来するメシアのことです。つまり、ダニエル書2章のネブカデネザルの見た夢は「正夢」として、確実にメシアによって全地は統治される時代が来ることを預言しているのです。頭からすねまでの部分は歴史の中にすでに実現しては消えて行きました。とすれば、残る足の部分も石によって打ち砕かれるのは、火を見るよりも明らかです。そのときが確実に近づいているのです。

イザヤ書28章16節の「試みを経た石」「尊い礎の石」について、詩篇118篇22節では次のように語っています。
「家を建てる者たちの捨てた石。それが礎の石となった。これは主のなさったことだ。私たちの目には不思議なことである」と記しています。ここではメシアとして遣わされた一つ石が家を建てる指導者たちによって拒絶され、見捨てられた(十字架の死)にもかかわらず、神はその方を死からよみがえらせて、神の家においては不可欠な永遠の礎石とされたことを意味しています。「石となった」も「なさった」も完了形です。これは「預言的完了形」といって、必ず実現することを意味しています。

さて新約聖書では、イザヤ書28章16節のみことばが使徒パウロと使徒ペテロによって以下の通り、自由な形で引用されています。
(1) ローマ9章33節
それは、こう書かれているとおりです。「見よ。わたしは、シオンに、つまずきの石、妨げの岩を置く。彼に信頼する者は、失望させられることがない。」
(2) ローマ10章11節
聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」
(3) Ⅰペテロ2章6節
なぜなら、聖書にこうあるからです。「見よ。わたしはシオンに、選ばれた石、尊い礎石を置く。彼に信頼する者は、決して失望させられることがない。」

神によって選ばれた一つの石は、ある者にとっては「つまずきの石」「妨げの岩」となります。しかしそれに信頼する者は、決して失望することのない尊い礎石となるのです。石はメシアのメタファー(隠喩)ですが、その石が大きな山となって全地を支配するようになります。この「山」も「王国・支配」を意味するメタファーなのです。


2013.8.17


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