****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

パウロのとりなしのkeyword<4>Peace Maker

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B-12. パウロのとりなしのkeyword <4> 

Peace Maker

平和を作り出す者となるために

(1) 聖書における平和

  • 「平和」は聖書の中で福音の理解に欠くことのできない重要な位置を占めている。聖書によれば、神は「平和の神」であり、イエスは「平和の主」であり、聖霊は「平和の霊」である。神を信じて神の子とされた者たちは、「平和をつくる者」(マタイ5章9節)と呼ばれ、福音は「平和の福音」と呼ばれる。神の平和は私たちがキリストの弟子として生きるライフスタイルであり、また宣べ伝えるべきメッセージの中心である。
  • パウロはとりなしの祈りの中で、「どうか、平和の神が、あなたがたすべてと共にいてくださいますように」(ローマ15章33節)、「どうか、平和の主ご自身が、どんなばあいにも、いつも、あなたがたに平和を与えてくださいますように。(Ⅱテサロニケ3章16節)と祈っている。

(2) ギリシア・ローマにおける平和

  • 福音がエルサレム・ユダヤから始まって、ギリシァ、およびローマの世界に入っていたときに、聖書の意味する平和(シャローム)は、その変質を免れることはできなかった。たとえば、ローマの社会における「平和」は、圧倒的な軍事力によって支配することからもたらされるものであった。つまりたえず力で抑えつけることによってのみ勝ち取られる平和であった。イエスの教え、あるいはヘブル的なシャロームが意味するところとは正反対のこのような平和の理解は、4世紀のコンスタンティヌス帝の時代以来、教会の支持を受けてきている。
  • また、ギリシァにおける平和は、主として心理的・霊的な調和、あるいは心の中の静穏、休息的状態、争いのないし平穏な感情を意味するようになった。聖歌にもあるように、「安けさは川のごとく・、心安し」の世界である。しかし本来のヘブル的平和(シャローム)は、もっとダイナミックであり、神と人との間に健全な関係があるときに実現する霊的・物質的な両面をも含んだ、社会共同体的な概念なのである。単なる心の安らぎ、魂の静けさという面だけではなく、新しい「聖霊の共同体」の中で神と人、そして人と人とが交わりを回復すること、これがシャロームの本質であった。特に旧約の預言者においては、「平和」は社会的な関係の中に正義を作り出すことと深いかかわりをもっていた。イエスもペテロも、パウロもみなヘブル的なシャロームの意味で平和ということばを用いていたことを忘れてはならない。つまり、シャロームは共同体的概念である。シャロームは個人を新しい聖霊の共同体の中に位置づけ、その中で人々は、喜びと救いの生活を実現することを追い求めたのである。ただし、どんな危機のなかにあっても動揺することのない個人的な心の平和を否定しているわけではない。しかし聖書の平和はそれ以上のものであることを教えている。平和は、契約で結ばれた共同体の中における神との新しい関係と直接結びついている。神の恵みによって、平和と正義の新しい共同体が生み出される。それは、愛を基とする共同体、神の霊がともにいてくださることによって保持される共同体である。残念なことに、多くの教会が「平和の福音」を神との個人的な、心の中の事柄としてしか理解せず、生活共同体、社会共同体としての面をとらえることができなくなっているところに、今日の教会の課題があるように思われる。

(3) 神の平和の新しい共同体

  • 新しい神の共同体を建て上げるうえで、平和の福音がどのように力あるかを新約聖書の中からいくつかの例を挙げたい。

①平和の福音に応答して作られる新しい共同体の特徴 (エペソ2章11~22節)

  • この共同体の中では、人間同士を分け隔てているいろいろな区別や障害が取り除かれて、霊的また物質的なものを含むあらゆる面において、兄弟たちとすべてを分かち合うことである。ユダヤ人と異邦人は共同の相続人となる。そこには「新しいひとりの人」を建て上げるヴィジョンがある。エペソ人への手紙によれば、神の救いの計画は、「すべてのものがキリストにあって一つにされること」であり、ユダヤ人と異邦人がキリストによる共同相続人となるべく、「新しいひとりの人」を造り上げて、平和を実現することである。

②エルサレムの初代教会の特徴

  • 人々が平和の福音を聞き、それに従うとき、聖霊は互いに愛し合い、心を開き合う新しい共同体を作ってくださる。その共同体をルカは次のように記している。「信じた者の群れは、心を一つにし思いを一つにして、だれひとりその持ち物を自分のものだと主張するものがなく、いっさいの物を共有にしていた」(使徒4章32節)。ここには社会関係における二つの相反する原理を示すことばが出ている。一つは<自己中心の否定>であり、もうひとつは<分かち合い>である。

a. 自己中心の否定

  • 一つの原理は、「自分のもの」ということばによって表現される自己中心の生き方である。これはなりよりもまず、自分、自分の持ち物、物を所有すること、また持っている財産などを中心に考えるライフスタイルである。この自己中心的な立場は、偶像礼拝の同じであり、やがて人を孤独にする。今日の社会は、私有財産の上に成り立っており、教会もそれに準じている。それはイエスと使徒たちが目指したシャロームよりは、むしろ、ギリシア的、ローマ的平和の影響といえる。初代教会はだれひとりその持ち物を自分のものだと主張するものがなかったのである。

b. 分かち合い

  • エルサレム教会の特徴となっていたのはもうひとつの原理、すなわち共通の益のためにすべての者が協力する共同体の生き方である。コイノニアは個人の人格を否定するものではない。いやむしろこの平和の共同体の中でこそ、もっとも深い意味で個性が発揮される。人はこの共同体の中にいるとき、自己中心的な偶像礼拝の誘惑に打ち勝つことができるのである。神がすべての人間関係の中心におられ、生活のあらゆる面を分かち合うことが行なわれるからである。
  • 言うならば、エルサレムの初代教会は、「ヨベルの年」、すなわち「負債赦免の年」を実践したの。これはイエスが宣教の最初にナザレの町で宣言され(ルカ4章18、19節)、その後、主の弟子たちの間で実践されたライフスタイルである。聖霊によってそのように導かれたのである。もし今日、教会の革新がなされるならば、初代教会の形そのままを真似することはないまでも、聖霊による共同体的な生き方を真剣に考える必要がないだろうか。それはイエスの宣べ伝えた神のシャロームから出てくるライフスタイルであった。
  • 主イエスは「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしが与えるのは、世が与えるものとは違います。」(ヨハネ14章27節)と語られた。ここでの平安とはシャロームを意味している。そして、それがエルサレムにおける初代教会において現実のものとなった。

(4) 私たちは、平和を作り出す者であるときに神の子どもと呼ばれる

  • 「エルサレムの平和のために祈る」とは、神の救いの歴史に参与することである。なぜなら、神の救いの歴史はキリストによってすべてのものがひとつになるということが目指されているからである。私たちは今、救いの歴史の中の大きな転換期に生きている。1948年、イスラエルの独立宣言の後、イスラエルの民(ユダヤ人)の帰還が始まった。これは世界史最大の奇蹟である。彼らは2千年もの間、土地も王も領土も神殿もなく、離散の民として地上のあらゆる国民の間に散らばって生きてきた。何百問もの間、幾度も流血の迫害を受け、今世紀には民族根絶の危機にさらされ、世界中に「枯れた骨」として散らばっていた。しかし今や、この民が集まり、目に見える国家として形をとったのである。これは預言者エゼキエルが語っているように、まさに死からの復活である(エゼキエル37章)。しかし彼らはまだ霊的に生き返ってはいない。
  • 今日、ブリッジズ・フォー・ピース(BFP)やエベネゼル緊急基金、等の働きはすべてイスラエルの民が霊的に生き返り、異邦人とユダヤ人との和解の架け橋をつくるための働きである。ユダヤ人が救われてはじめてキリストは再臨される。私たちが「神の平和の福音」を宣べ伝えるとき、このユダヤ人と異邦人との間にある問題を避けて通ることは出来ない。なぜなら、その溝はキリスト教の歴史におけるすべての「隔ての中垣」の出発点だからである。
  • クリスチャンは和解の使者として、「平和を作り出す者」としてユダヤ人のために祈らなければならない。しかもその祝福は甚大である。神は「アブラハムを祝福する者を祝福し、アブラハムをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、アブラハムによって祝福される」と約束されたからである(創世記12章3節)。
  • 〔マザー・テレサの愛した祈り ― 聖アッシジのフランシスコの祈りー〕

    私は 平和をつくる神さまの道具となりたいのです。
    憎しみのあるところに愛を
    罪のあるところにゆるしを
    争いのあるところに一致を
    誤りのあるところに真理を
    疑いのあるところに信仰を
    絶望のあるところに希望を
    闇のあるところに光を
    悲しみのあるところには
    喜びを慰められるよりも
    慰めることを理解されるよりも理解することを
    愛されるよりは愛することを


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