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不信仰的判断の暴露と権威に対する反逆の霊

民数記4. 「不信仰的判断の暴露」と「権威に対する反逆の霊」

(1) 不信仰的判断の暴露(13~14章)

① カナンの地への偵察の報告(全く正反対の見方に分かれた)

a. 人間的条件の不備に基づく不信仰的判断・否定的、消極的

b. 主に対する信頼に基づく信仰的判断・積極的(ピリピ4章13節、マルコ9章23節参照)

② 不信仰的判断の結果

a. 39年におよぶ荒野放浪を余儀なくされる。民数記33章にはその哀れな日記がある。「(彼らは)、・・から旅立って・・に宿営した。・・から旅立って・・・・に宿営し、・・から旅立って・・に宿営した」と。このように、旅立っては宿営するという繰り返し。出発するけれども、どこにも到着しない。目的のないさすらい、終わりのない堂々めぐりの繰り返し。あちこちとさ迷うだけで、何事も成し遂げることがない、達成感の喜びがない。神の約束を疑い、神に信頼しないとき、これが私たちの経験となることを聖書は警告している。

b. ヨシュアとカレブを除く一世代がすべて死んだ。

(2) 権威に対する反逆の霊(12章1~15節、16章)

(ウォッチマン・ニー『権威と服従』を参照)

① アロンとミリアムの非難(12章)

a. アロンとミリアム(モーセの兄と姉)は、モーセの妻が外国人ということでモーセを非難した。しかし、それが本当の理由ではなかった。「主はただモーセとだけ話されたのでしょうか。私たちとも話されたのではないのではないか」とあるように、非難の真意は、神によるモーセの優位性に対する不満であった。モーセだけが与えられている主との特別な関係、民がモーセに示す尊敬と従順、そのことに対するねたみが潜んでいたことは否めない。

b.霊的権威は、その人の働きを通して与えられるものではなく、あくまでも神の召し(選び)によって与えられるものである。

c. 神の代表権威を非難することは、神の怒りを引き起こすことが分かる。ミリアムはらい病となり、宿営の外に隔離された。権威の問題が解決するまで、神の臨在は回復しない。

② コラとその仲間たちの反逆・・・集団的反逆(16章)

モーセの怒り

a. 彼らは神の民の中に権威などいらないと考えた。彼らは集って、モーセとアロンに対して「あなたがたは分を越えている。全会衆残らず聖なるものであって、主がそのうちにおられるのに、なぜ、あなたがたは、主の集会に立つのか」(16章3節)と訴えている。

b. 神の支配(領域)においてのリーダ-シップは、必ずしも民主的なものではない。

③ 他の聖書箇所に見られる反逆の霊と服従の霊

a. ハムの反逆(創世記9章20~27節)・・代表権威の失敗は権威に服従する者にとってのテストである。
ノアの失敗はハムの反逆の霊を暴露した。ハムは父の醜態を見たとき、それを覆うどころか、出て行って兄弟たちに告げ口し、父の恥を暴露した。反逆の霊があったからである。しかし、セムとヤペテは後ろ向きになって、父の恥を覆い隠そうとした。ノアはハムに対してハムとその子孫を呪い、「彼はその兄弟たちのしもべのしもべとなる」と預言した。これは、権威に反逆する者は決して人の上に立てないということを意味する。

b. ダビデの権威に対する認識(Ⅰサムエル24章、26章)
最初の王として選ばれたのはサウルであった。しかし彼が王となったとき、彼自身は神の権威に服従しなかった。それゆえ神はダビデを王として選んだ。

画像の説明

ダビデはサウル王からつけ狙われることとなった。サウルを殺すチャンスは二度あったが、ダビデは権威に反逆する者となるよりは、王職が延期されることを選んだ。


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