主は何をあなたに求めておられるのか
聖書を横に読むの目次
6. 主は何をあなたに求めておられるのか
【聖書箇所】6章1~16節
ベレーシート
- 6章の冒頭で、主がご自身の民に対して容赦なく告発しています。イザヤ書1章にも、神が天と地を証人としてご自身の民を訴えているのを見ますが、ミカ書では山々と丘々がその証人です。告発の対象は北イスラエルの民と南ユダの民です。
- ミカ書にはミカ書にしかない特徴(持ち味)があります。その一つは、5章2節の「ベツレヘムからイスラエルの支配者が出る」という預言です。そしてもう一つは、6章8節の主のことばです。この節は、主が再三再四、神の民に好意に示したもかかわらず、それに答えることのできなかった民たちは、その償いとしてどのようにすれば良いのかという民の問いに対して、主ご自身が答えたことば、それが以下のことばでした。そこに注目したい思います。
1. ミカ書における律法の精神
【新改訳改訂第3版】ミカ書6章8節
主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。【主】は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行い、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。
- 左側の部分、つまり「公義を行うこと」と「誠実を愛すること」は、どちらかと言えば、人に対するかかわりです。しかしそれが可能となるためには、右側の部分、つまり「へりくだって、神ととも歩むこと」だということです。
- ミカ書においては、モーセ律法の精神である「神を愛すること」と「人を愛すること」が、「公義を行い、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むこと」と表現されているのです。
- 「公義を行う」とは、特に、社会において神の福祉理念をもって力なき人々を公平に扱うことを意味します。ところが、現実は力のある者たちが力なき人々を抑圧していました(2:1~2、2:8~9、3:1~3、3:9~10)。労働者は不当に扱われ(3:10)、法廷も宗教もすべてに金がからんでいました(3:11)。また、「誠実を愛する」とは、神の堅固な愛(ヘセド)に基づいて人とかかわる事(換言すれば「親切」)を意味しますが、それも希薄となっている社会でした。
- 「へりくだって」と訳された「ツァーナ」(צָנַע)は、この箇所にのみ使われている語彙です。多くの聖書が「へりくだって」と訳していますが、岩波訳は「心して」と訳しつつも、「思慮深く」「熟慮して」という訳も推奨しています。「用心深く」「注意深く」というのもあります。つまり、神と共に歩むことにおいて、賢明さが求められているようです。
2014.12.28
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