****** 教会は、ヘブル的ルーツとつぎ合わされることで回復し、完成します。******

主は私を緑の牧場に伏させ、

瞑想(3) 「主は私を緑の牧場に伏させ」(v.2a)

画像の説明


  • 「主は私を緑の牧場に伏させ」の「伏させる」という動詞は、「横たわる」「臥す」を意味する「ラーバツ」(רָבַץ)の未完了形・使役態が使われ、「臥させて、休ませる」という意味です。
  • 羊がお腹いっぱい草を食べたあと、柔らかな草を食べて満腹した羊が、満足そうに、ゆったりと休んでいる姿をイメージさせます。まさにここのテーマはバース2bと共に「休息」あるいは「安息」です。ゆとりのない忙しい生活、万年疲労の生活の行き着くところはなんでしょう。必ずいつかは倒れます。張りつめた弓の糸をゆるめるように、緊張を解く時が必要です。良い羊飼いとかかわることで、私たちに必要な休息が与えられるのです。イェシュアは約束しておられます。「すべて疲れた人、重荷をもっている人はわたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11:28)と。
  • 音楽の流れにも休符があります。ときには、「ゲネラル・ポーズ」といって一瞬の完全休止があります。その一瞬の完全終止は、音楽の流れに、より緊迫感と流れに新鮮さを与えます。私たちの生活にもそのような休息がなければなりません。
  • いつもなにかをしていないと不安になってしまうワーカーホリック。それは休みたくても休めない現代の心の病です。詩篇の中には、真の休息、ゆとり、安眠の祝福を与えられた者たちがいます。ちなみに、イェシュア自身がそうでしたし、詩篇3篇、詩篇4篇もその恵みを味わった人がおります。「私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主が支えてくださるから。」(3:5) 「あなたは、私の苦しみのときに、ゆとり(くつろぎ)を与えてくださいました。」(4:1) 「平安のうちに私は身を横たえ、すぐに眠りにつきます。主よ。あたなだけが、私を安らかに住まわせてくださいます。」(4:8)・・参照。
  • ある意味で、人生の最大の課題は、どのようにして身を横たえて休息し、また眠ることができるかということです。身を横たえることはだれでもできても、問題は安らかに眠れるかどうかです。作者は「私の羊飼いである主は、私を緑の牧場に伏させてくださる」方だと告白しています。


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